魅せろ!ハエトリグモ
慶応義塾幼稚舎理科教諭 須黒 達巳
生物学類で学んだ大きなことは2つある。1つ目は当然だが「研究の進め方」である。私が行っている研究は分類学という分野で、まだ名前のない生き物に学名をつけて新種として発表したり、仲間分けを整理したりするのが主な仕事だ。「新種を見つけて名前をつけたい!」という夢を叶える、大変ワクワクする分野である。当初、ただ「新種に名前をつけてみたい人」にすぎなかった私に、論文の読み方や探し方、英文の書き方、絵の描き方、顕微鏡の使い方などを身につけさせ、「新種を発表できる人」にまで育て上げてくれたのは生物学類である。研究を遂行する術を身につけることができたおかげで、小学校教員になった現在でも、自分で論文を書くことができている。死ぬまで分類学に浸っていられるわけである。
さて2つ目は「研究の魅せ方」である。つまり、自分の研究をわかりやすく、そして面白く人に伝える方法のことだ。読者や聴衆が何を知っていて何を知らないのか、自分の論旨を表すためにはどの情報を示す必要があるのか、それらをどのように配置すればわかりやすく伝えることができるのか、といったことを熟考した上で発表し、それに対し意見をもらうということを繰り返したおかげで、「魅せ方」は格段に向上した。これは、卒業後に研究から離れたとしても、どこへ出ても役に立つ技術である。教員などは最たるもので、当時の研鑽に今大いに助けられている。私の研究対象はハエトリグモというクモなのだが、卒業後、博物館やイベントなど、いろいろな場から講演のお声がけをいただいている。学校の授業でもハエトリグモの話をすることはあり、児童にも好評である。一般にクモは嫌われ者で、不気味な生き物の代名詞だ。それにも関わらず、「クモの話して!」と言ってもらえるのは、「魅せ方」を身につけることができたからに他ならない。小さなハエトリグモがもつ大きな魅力を、これからも世の中へ発信していきたい。
魅せられて没頭し、今度はそれで誰かを魅せる。生物学類は、生き物を題材にしてそんな人を育てていける場であってほしいと思う。