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書評

紹介書籍『植物は〈知性〉をもっている』

書評 花壇に潜む知性の秘密とは

「植物が知性をもつ――。初めて目にすると、俄かには信じがたいが、その考えは見事に覆される。読み終えて、「植物は知性をもっている」と納得させられてしまった。人間は、植物を知的な存在として受け入れ難い。植物は「動かない」、「感覚をもたない」と考えるためだ。本書は、古代ギリシャから続く伝統的な固定観念を疑問視し、魅力的な論を展開していく。植物を純粋に科学すれば、植物が動き、感覚を持つことは自明だという。

植物は「動く」

 著者は、イタリア人の植物生理学者ステファノ・マンクーゾである。フィレンツェ大学国際植物神経生物学研究所(LINV)の所長で、「植物の知性」の分野を代表する研究者だ。また共著者のアレッサンドラ・ヴィオラは科学ジャーナリストであり、難解な内容も理解しやすく伝えてくれている。「神経」というと、哺乳類や昆虫類に対してイメージしやすい。これら動物の体内に神経細胞が存在し統合して、情報伝達を担う仕組みを持つからだろう。一方で、神経細胞を持たない植物に対しては違和感のある用語だが、あえて植物の生理的な仕組みに対して「神経」という言葉を用いるのは、現代の生命科学が、植物を動物と同等に扱うようになってきた証拠なのである。
 植物は、酸素や栄養を供給する必要不可欠な存在である。しかしこれだけでは、植物への認識は全く不十分であるようだ。筆者は、「私たちの植物への理解を妨げている原因は、動物と植物の間にある生活スタイルや体構造の大きな違いである」と述べている。 動物と植物は5億年前に進化の枝を分かち、動物は他の動植物を探して食べることで栄養を摂取する「移動」、植物は与えられた環境から栄養を引き出す「定住」、を選択した。このことが体構造の違いまでもたらしたらしい。動物は動くことを前提として、脳や心臓といった器官に重要な生命機能を集中させた。一方で植物は、移動しない生存戦略を選び、体の一部を失っても問題のない、機能を分散させたモジュール構造の体を作り上げた。植物体は分割可能なパーツの組合せであり、ネットワークがそれをつなぐ。さながらレゴブロックのような構造であるという。
 加えてもう一つ、植物を的確に理解するにあたり障害となっているのは、時間の尺度が大きく異なることだと述べられている。植物の動きは人間からすると非常にゆるやかであり、動いていると認識できないほどなのだ。私たちの視点が動物の視点であることを強く自覚するべきなのだろう。事実、開花の早送り映像を見たことがある人は、植物は動く、と実感できたはずだ。

定住者の生存戦略

 さらに著者は、植物も「感覚」を備えていることを明らかにする。思わず「ちょっと待って!」と異議を唱えたい人もいるかもしれない。ところが、視覚を例にとると、これを「目で見る能力」ではなく、「光を知覚する能力」と考えれば、植物は視覚を持つといえる。同じように捉えると、植物は人間の五感をきちんと持っているのだ。
 例えば、食虫植物のハエトリグサが好む昆虫だけを捕食するのは、まさに触覚や味覚の現れであると示されている。驚くべきことに、五感に加えて重力を感じる感覚など十五の感覚を有する(しかもそのための個々の器官なくして)ようだ。植物は定住して生きていくために、多彩で鋭い感覚を持っているという。
 さらに植物は「コミュニケーション」をとる。著者によると、これがメッセージを発信者から受信者に伝えるという意味合いであり、その上で植物体内や植物体間、植物と動物の間においても、コミュニケーションが行われているというのだ。植物の個体内には多数の「情報処理センター」があり、各々が必要な場所に刺激の情報を統合し、直接信号を送ることができるらしい。また個体間のコミュニケーションでは、放出される複数の化学物質を言語として用いているというのだ。草原の中で他の植物と競って根を伸ばしたり、昆虫に受粉の手伝いをさせたりと、植物はコミュニケーション能力を発揮している。私たちが花を買って花壇に植えることでさえ、植物の驚異的な操縦能力の結果だというから、花壇に植わっているパンジーを見る目が劇的に変わること必至だろう。

そこに知がある

 それにしても、そもそも知性とは何なのか――本書は、難解かつ重要な問題提起に挑んだ。ここでは、「知性は問題を解決する能力である」と再定義し、議論を進めている。植物は、大量の環境からの情報を記録し、そのデータを基準としてあらゆる生命活動に関わる決定を下しているのである。この事実の実証にいち早く動いたのは、かのチャールズ・ダーウィンであり、根の先端部である根端の並外れた感覚能力に気付いたという。根端は、外部の刺激を感じ取れるだけではない。刺激を絶えず記録し、植物の各部と個体全体の要求に応えて計算を行い、その結果に応じて根を伸ばしていくのである。これを知性と呼ばずに何と言おうか。
 著者は、各根端が集合的に機能を発揮するネットワークの一部であり、知性を分散させる戦略をとっていると述べる。この戦略は飛ぶ鳥の群れによくみられ、個々にはない性質が全体として現れる「創発」と呼ばれる現象が観察されるという。渋谷のスクランブル交差点でぶつからずに歩くことも、創発で説明されうる。動物では個体の集合で群れが形成される一方で、植物は、一個体が多数の根で創発行動を起こす一つの群れと考えられるのである。

新・植物時代の到来

 本書を読めば、著者の明快で論理的な説明と情熱的な語り口によって、読者は植物の無限の可能性に思いを馳せることだろう。これまでの植物がもたらしてくれた恩恵への畏敬の念が生まれ、これからの植物に「支配」される豊かな未来が眼前に広がるはずだ。植物の知性は、私たちの社会をよりよく変える力も持っているのだという。応用的な技術開発が進んでおり、その中でも面白いのは、アンドロイドに続くロボットである、プラントイド(植物型ロボット)だ。動物とは異なる植物の特性が今後必ず活かされていくに違いない。洗練された知的生命体である植物との新たな出会いに、ワクワクが止まらない。 

書名:『植物は〈知性〉をもっている』

出版社: NHK出版
出版日: 2015年11月20日
価格: 1,994円(税込)

【取材・構成・文 高木 亮輔 】

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