複雑なタンパク質の構造を科学の力で表したい
湯本史明 特任准教授
X線を使うと複雑なタンパク質の構造をアミノ酸レベルで見ることができます。つくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)には、電子を加速して放射光を作り、その光を使って研究する施設のフォトンファクトリー(PF)があります。日本には大規模な放射光科学研究施設として、つくばにあるこのPFと、兵庫県にある理化学研究所(播磨)のSPring-8があり、高輝度な放射光X線を使って、複雑なタンパク質の詳しい構造を調べる研究も行われています。KEKの放射光科学研究施設、PFならではの研究とはどのようなものであるのか、また、タンパク質の立体構造解析がどのように私達に役に立つのか、KEK物質構造科学研究所特任准教授の湯本史明(ゆもと ふみあき)先生にインタビューしました。
構造を知ることは大事-創薬データベース-
なじみの深い言葉であるタンパク質。タンパク質は20種類のアミノ酸から構成されていて、それぞれがユニークな構造をもっています。そして、このユニークな構造を解明することができれば、生命科学の基礎研究や創薬研究に大いに役立つのです。KEK物質構造科学研究所ではタンパク質を結晶化させ、加速器が作り出す放射光によってタンパク質の詳細な立体構造を原子レベルで解明することができます。
タンパク質はそれぞれ働きがあります。単独で働くタンパク質もありますが、複数のタンパク質が相互作用し合いながら働くものもあります。例えば細胞がガン化するには様々なステップがあります。あるタンパク質AとBが相互作用すると、細胞のガン化のスピードが速くなるとします。このふたつのタンパク質が結合している構造を詳細に理解することができたら、この相互作用を阻害する薬を開発することに大いに役立つのです。
また、放射光を使って明らかにされたタンパク質の詳細な構造は、副作用の少ない薬を作る上でも重要な情報となります。薬剤がターゲット以外のタンパク質に結合することによって目的以外のタンパク質の機能を阻害する、つまり、副作用の発生につながります。タンパク質やタンパク質と薬剤の複合体の立体構造を詳細に解明することによって、いまやコンピューター上で副作用の少ない化合物のデザインも可能になってきています。
転写因子は細胞というオーケストラの指揮者
しかしそれだけではなく、細胞内での転写因子の振る舞いといった基礎研究にも、構造の知識が必要です。再生医療で注目されている人工多能性幹細胞(iPS細胞)を誘導する転写因子の働きを調べるためにも構造データは重要になります。様々な細胞にも分化することができるiPS細胞の4つの「転写因子」を皮膚に由来する細胞で発現させることで作成されました。
「転写因子とは、細胞の働きを司るタンパク質のことです。転写因子によって細胞の振る舞い、さらには運命までも決められています。例えるなら、転写因子は細胞という複雑なオーケストラの指揮者とも言えるのでないでしょうか。」と湯本先生。
転写因子は細胞内に存在し、いくつかの転写因子の組み合わせによって複雑な働きが実現するといいます。湯本先生は「例えると、私は研究所では同僚と協力して、研究を行っていますが、家に帰ると奥さんと協力して子育てをしています。私という人間は変わっていないのですが、場所と周りにいる人との組み合わせ(関係)によってその場所における「仕事」が異なります。この例えのように、転写因子も場所つまり様々な組織の細胞に存在するときに、周りの転写因子との組み合わせで、転写因子としての働きは様々であることがわかっています」と説明しています。転写因子とは、細胞の働きを司るタンパク質のことです。遺伝物質であるDNAに結合して、そこに書かれている情報の取り出しを助けます。転写因子がどのような組み合わせで結合し、どのように働くのかを知るためのヒントとして、複数の転写因子がDNAに結合した姿を捉えること、つまり複合体の詳細な結晶構造の解明は、転写因子研究をしていく上で大変有意義であるということなのです。
多くの研究者にPFでタンパク質構造解析の研究を
大学時代にタンパク質の構造を調べる卒業研究でタンパク質構造研究の面白さを実感し、そのままのめり込んで行き、気づいたらその道に進んでいました。PFをもつKEKでは、日々タンパク質の結晶構造解析のためのX線回折実験が行われています。大きな施設を使って細胞の中で機能するタンパク質の構造を調べています。湯本先生は「放射光を使って実験できる施設は世界でも有数です。KEKは関東にあって都心からのアクセスも良いので、多くの研究者に来ていただき、施設を存分に活用していただきたいです」とPFの利用拡大に向けての抱負も語っています。