タンパク質の構造を決めるまで
〜結晶から解析するタンパク質の構造〜
千田美紀 特別助教
私たち人間をはじめとする生物が生きていくために必要な生体構成分子のひとつ、タンパク質。このタンパク質の構造を解析できれば、生体機能の解明や、新薬の開発に役立ちます。その構造を明らかにする方法の一つとして、タンパク質を結晶化し、X線で解析する手法があります。構造解析のプロセスでは、最新の技術と職人の業がカギを握っています。今回は、X線結晶構造解析の手法を駆使してタンパク質の構造を明らかにすべく日々研究を重ねる、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の特任助教、千田美紀(せんだ みき)先生にお話を伺いました。
やわらかい結晶!?
左の写真は結晶です。何の結晶だと思いますか?これは、タンパク質「フェレドキシン還元酵素BphA4」の結晶です。「タンパク質って結晶になるの!?」と驚く人もいるでしょう。結晶とは分子が規則正しく三次元的に並んだものを指すので、タンパク質でも規則正しく並べば結晶となります。驚いたことに、この結晶はやわらかいのです。一般的に結晶と言えば硬いというイメージを持つ方も多いかと思いますが、タンパク質でできた結晶の半分は水でできているため、やわらかくて壊れやすいのです。そして、このタンパク質の結晶は、タンパク質の構造を解析するのに欠かせないものです。
結晶の作り方
では、タンパク質の結晶はどうやってつくるのでしょうか。まず、試料溶液中の結晶化のターゲットとするタンパク質以外の不純物を取り除き、次に、塩の結晶をつくるときと同じように、濃度を上げて、タンパク質の濃度を大きくしてから溶解度を下げます。塩の結晶をつくるときと異なるのは、溶解度を下げるときに結晶化試薬を使うところです。結晶化試薬は約100~1000種類あり、それをいくつか組み合わせて使用します。また、タンパク質によって結晶化する条件が異なるので、組み合わせを変えたり、pHや温度を調節したりして、多くの条件を検討してようやく結晶ができます。
下の写真はタンパク質「D–アスパラギン酸酸化酵素」を結晶化する実験の様子です。左の写真では結晶がうまくできていませんが、試薬の種類を増やすなど条件を変えると右の写真のようなきれいな結晶が作れるといいます。タンパク質を結晶化する過程を何十種類、何千個と見てきた千田先生は、「左のような状態からでもきれいな結晶は作れます。しかし、実験で得られた試料が結晶になるかどうかを見わけられるようになるには、どれだけ実験をしてきたか、経験がものを言います」と語ってくれました。
X線で読み取る構造
作られた結晶の中では、何兆個単位のたくさんのタンパク質が規則正しく並んでいます。X線は、規則正しく並んだ分子の集合に当たると、各々の原子によって散乱され、ある特定の方向で強めあった時に目で見える強さの信号になります。このような点は「回折点」と呼ばれ、タンパク質のどこにどの原子があるのかを知るために必要な情報になるといいます。タンパク質の構造は、様々な角度から測定した回折点から、立体構造モデルの鋳型になる電子密度図を描くことで明らかにできます。鮮明な電子密度図を描くためには、X線を照射したときに多くの回折点が測定できる結晶が必要なのです。
KEKの持つ放射光施設(Photon Factory: PF)では、周長187mのドーナツ型の加速器の中で、電子を光の速度に近い速さまで加速しています。この加速器のビームラインの中を高速で走る電子がカーブする際、X線が放出されます。KEKのビームライン PF BL-1Aでは、10~20 μm(ミクロン)ほどの結晶と同程度の大きさに小さく絞られた、タンパク質の構造解析に必要な強い強度のX線を用いてデータを収集することができます。
悪い結晶から良い結晶へ
回折点の数はオングストローム(Å)で表される「分解能」の数字が小さくなるほど多くなり、最低でも4 Åより小さい値で測定できれば、構造を決めることができるということです。胃がんの原因とされるピロリ菌が作り出すタンパク質、CagAのN末側ドメインの構造を解析した際には、「最初の解析では10 Åほどの分解能で、回折点はほとんど測定できませんでした」(千田先生)。タンパク質によって結晶の質が良くなる条件は異なり、その組み合わせは膨大な量のため、たいていの人はこの段階で解析をあきらめてしまいます。
一方、千田先生はあきらめることなく、途方もない数の条件を組み合わせ、結晶の質を改善しました。通常のタンパク質では5~20個の結晶で構造が解析できます。しかし、CagAの構造を解析するために作った左図のような結晶はなんと2000個にも及びました。さらにX線を照射できたのは1300個、その中でデータを収集できた結晶は230個。そして、これらの結晶について、結晶化試薬の割合、温度、時間など、ちょっとした条件を変えながら膨大な検討を重ね、千田先生はついに分解能を10 Åから3.4 Åまで向上させ、CagAの構造を明らかにするための大きな一歩を踏み出したのです。
千田先生は「CagAの構造は、このタンパク質分子のどの部分の作用によりがん化が促進されるのか、その仕組みを解明する手助けとなり、胃がんの予防や新薬の開発へと研究を発展させるための基礎的な情報となるのです」と今後の研究を展望しています 。
これから研究者を志す高校生へのメッセージ
インタビューの最後、これから研究者を志す高校生に向けて、千田先生は「英語の勉強は大切です。研究者に限らず、海外の人たちと何か仕事をしたいとき、適切なコミュニケーションをとれるのはとても大事だと思います。国際学会では、世界に向けてわかりやすく説明する必要があるので、英語が下手だとせっかくの成果も伝わらないですよね」と語学力の重要性をまず強調。さらに「そしてもう一つ、自分は何が好きなのか、何をやりたいのか、今のうちに考えておいたらよいのではないでしょうか。私は観察することがずっと好きでした。それが今、結晶を見るという研究につながっていると思うので、自分が好きなことを理解しておくのは大事です」と語ってくれました。
【取材・構成・文 筑波大学 生物学類1年 山本 鷹之】