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つくばの研究紹介

身体の中のナノマシン ~設計図の情報を制御する仕組み~

安達成彦 特別助教

たった750MB!私たちの身体の設計図であるゲノムDNAは、A、T、G、Cの4文字で表される物質が30億個つながってできあがっています。この数字は一見すると多いように思えますが、コンピューターの情報量に直すとわずか750MB、約CD一枚分しかありません。これだけの遺伝情報で、私たちは寝て、起きて、ご飯を食べて、考えて、様々な活動を行っているのです。今回はこの少ない遺伝情報をうまく活用する生命の情報制御機構の研究をされている高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所特別助教の安達成彦(あだち なるひこ)先生にお話を伺いました。

収納上手、取り出し上手

 私たちの細胞1個の中にあるDNA、伸ばすとどれくらいの長さになるのかご存知ですか?なんと1m以上になります。そのDNAがおよそ10μm、つまり0.00001mの核にうまく折りたたまれて収納されています。しかし、折りたたまれたままの状態では、遺伝子発現に関わる分子が接近できない構造をとっているため、必要なところだけをほどいて遺伝子を発現し、また折りたたんだ状態に戻して収納する、ということを繰り返しています。このように、DNAはとても収納上手で取り出し上手、しかも取り出した情報をうまく使っています。この作業には、現在知られている範囲で、少なくとも80種類のタンパク質が関わっており、これらのタンパク質が750MBしかない情報量に多様性を持たせているらしいのです。 

形を明らかにすること

 80種類のタンパク質は、遺伝子の発現が必要なときに順番に集まり、必要がなくなったらまた解散する、集合と解散を繰り返しています。この作業は実際に目で見えません。そうした目に見えない大きさ、つまりナノスケールでタンパク質が集合、解散する仕組みを明らかにするには、「形を明らかにすること」が重要になってきます。 

「形が分かればどこに何が当てはまるのかわかります。形を見ないで仕組みを明らかにするのは、目をつぶって車を組み立てるのと同じくらい難しいことです」と安達先生。しかし、80種類のタンパク質すべての形を明らかにするのは困難です。そこで、「その形を明らかにすれば、それを中心に反応の全容が明らかになってしまうような、そんなタンパク質はないのか」と思って注目したのが、TFIIDというタンパク質複合体でした。 

 TFIIDとはどんなタンパク質なのでしょう?このタンパク質複合体は、全遺伝子の9割の発現に関わる重要な複合体で、DNAが折り畳まれた構造から遺伝子を発現させるのに必要な数種類のタンパク質群と部分的に似た構造を持ちます。そのため、TFIIDの構造を解析すればDNAをほどく瞬間の状況がわかるのではないか、と考えられているそうです。遺伝子の発現制御の仕組みを明らかにするには、とても都合が良い標的なのです。 

険しい道のり

 標的が見つかったら、そのタンパク質を取ってきて、さっさと構造を見ちゃえばいいじゃないの、と思われる方もいるかもしれません。でも、「タンパク質の立体構造を明らかにするには、均一なタンパク質を大量に集めて結晶を作る必要があるのです」と安達先生はタンパク質構造解析実験の難しさについて教えてくれました。

2006年にノーベル化学賞を受賞したRoger Kornberg博士は、真核生物の遺伝物質であるDNAからどのように情報が読み出されるかを解明し、その業績が受賞につながりました。この研究で、Kornberg博士は、12種類のタンパク質が1個ずつ集まってできた構造を初めて解明し、その働きを明らかにしました。一方、今回のTFIIDの場合、15種類のタンパク質から成る上、個々のタンパク質はさらに複数個ずつ含まれ、全部で約30個のタンパク質が集まって複合体を形成していると予想されています。さらにそれがパックマンのような口を開いた形をしており、解析中に動いたり、部分的にはずれたりするので、なかなか均一になりません。また、遺伝子を発現させる必要がないときには細胞の中に存在しないため、解析するときは500L以上の培養液で酵母を培養して、タンパク質を集める必要があるそうです。

20Lの容器で培養中の酵母。この25倍以上必要になる。

TFIIDの模式図。

安達先生は、こうした障害にぶつかりながらも諦めず、酵母を大量に培養し、その中で発現しているTFIIDを大量に、均一に、そして安定性が高い状態で取るための挑戦を繰り返しています。うまく結晶が得られた暁には、いよいよ放射光施設を使ったデータの収集や結晶構造解析を行い、遺伝子の発現制御の全貌を明らかにする研究を進めます。 

生物が持つ洗練された仕組みを知りたい

 「安達先生がこの世界に興味を持ったのは、大学1年生のとき。早稲田大学理工学部の石渡信一先生に「タンパク質は高性能のナノマシンである」と言われたのがきっかけだったといいます。そして大学院を選ぶ際には「生物が持っている生き物らしさってなんだろう、生物が持つ情報制御についての素晴らしい仕組みは、人間が開発している機械よりも高度なのでは」と考え、東京大学分子細胞生物学研究所の堀越正美先生の研究室の門を叩き、現在はKEKの千田俊哉先生の研究室で遺伝子発現制御の研究を行っています。

 どうして生物はこのように面白い、複雑な情報制御の仕組みを創ることができたのか?人間がまだ開発できていないような情報制御の仕組みが生物から学べるのではないか?この疑問に答えるべく、安達先生は更なる研究を続けています。 

【取材・構成・文 筑波大学大学院 博士前期課程2年 毛利 匡邦】

PROFILE

安達成彦(あだち なるひこ) 特別助教
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
物質構造科学研究所 放射光科学研究施設
構造生物科学研究センター 特別助教
JSTさきがけ研究者(兼任)
総研大 物質構造科学専攻(併任)

生物が持つ巧妙な情報処理の仕組みを、立体構造・分子進化の視点から解明すべく、日々研究に取り組んでいます。

※所属・役職は取材当時のものです

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