ミトコンドリア・ストーリー 〜見えない器官を解き明かす〜 | 生物学類生による詳細ページ  

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教員紹介

ミトコンドリア・ストーリー 〜見えない器官を解き明かす〜

林純一 教授

わずか0.5 マイクロメートルの器官、ミトコンドリア。
エネルギーの生成を主として様々な生命現象に関わり、近年ではガンとの関係でも注目されています。
ミトコンドリアを専門に研究する筑波大学の林純一教授にお話しを伺いました。

体内の小さな発電所

 映画化やゲーム化で話題を集めた『パラサイト・イヴ』という小説をご存知ですか?反乱をおこしたミトコンドリアと人類が生き残りをかけて戦う、というSF 作品です。近年、小説や、「ミトコンドリアを増やして若返る」といったような広告で目にすることが多くなった「ミトコンドリア」。この「ミトコンドリア」とは、いったいどのようなものなのでしょうか?
 歩く、走る、呼吸をする。生命活動を維持していくためには、たくさんのエネルギーが必要です。ミトコンドリアはこのようなエネルギーを作る「体内の小さな発電所」として働きます。大きさはたったの0.5 マイクロメートル。髪の毛の直径よりもずっと小さいミトコンドリアが、一つの細胞につき2000 ほど存在します。この小さな名脇役は、発電所としてだけでなく、ほかの様々な生命現象に関わることがわかってきています。

「がん化とは関係ない」と結論づけた研究

 林先生がミトコンドリアに関する研究を始めたきっかけは、在籍していた研究機関の上司からの指示だったそうです。「ミトコンドリアDNA の異常が、がんを誘発するかどうか」という研究内容でした。
 「ミトコンドリアDNA」とは、生き物の設計図として一般的に知られている「核DNA」 とは異なります。核DNAが生き物の「核」という部分に存在するのに対して、ミトコンドリアDNA はミトコンドリア内に存在し、「もうひとつの設計図」とも言われますが、林先生が研究を始めた当時はまだ、認知度が低かったそうです。
 聞いたことのないマイナーな研究テーマに最初は落胆したという先生。落ち込んでいた先生にやる気の火を灯したのは大学時代の恩師の「上司に採用して良かったと思われる人間になれ」という言葉でした。そして「二つの細胞間でミトコンドリアDNA を入れ替える」という実験手法の確立に尽力しました。
 当時はミトコンドリアDNA が細胞のがん化に関わっているだろうというのが、一般的な認識でした。もしも、ミトコンドリアDNA が、がんを誘発するのであれば、がん細胞のミトコンドリアDNA を移植された正常細胞はがん化するはずです。ですが、実験の結果、正常細胞はがん化しませんでした。「ミトコンドリアDNA はがん化の犯人ではない」と結論づけた林先生の研究成果は世界に衝撃を与えました。

謎に迫るため、新たな手段を

 この成果を発表した後、林先生は筑波大学に転職しました。「がんというテーマに縛られずに、ミトコンドリアDNA についての研究ができるようになった」と林先生は話します。
 そして、ミトコンドリアDNA に異常をもつマウス(ミトマウス)の作出に成功します。ミトコンドリアDNA の異常による現象は培養細胞でしか観察できませんでしたが、ミトマウスの作出に成功したことで、生き物で観察できるようになったのです。さらにミトマウスを使った実験を重ねることで、「ミトコンドリア間で物質交換が起こる」といった、様々な新しい知見を得ていきました。

がんとミトコンドリア、再び

 2005 年の秋、林先生は再び「がんとミトコンドリアDNA」 についての 研究を始めました。「ミトコンドリアDNA の異常が、がんを転移しやすくしている」という報告がなされたからです。「前の研究でミトコンド リアDNA とがん化の関係を否定した分、非常に驚いた」と林先生。
 この発表が正しいかどうかを検証するため、林先生は再び、細胞間のミトコンド リアDNA を入れ替えるという実験を行いました。「転移しやすいがん」 と「転移しにくいがん」のミトコンドリアDNA を入れ替えたのです。すると、転移しやすいものしにくいものへ、転移しにくいものはしやすいものへ、と性質が入れ替わりました。ミトコンドリアDNA の異常は、細胞のがん化には関係なかったが、がんの転移には関係していたのです。
 実験でわかったのはそれだけではありません。転移がしやすくなった細胞では、ある特殊な機能を持つたんぱく質の働きが低下していたのです。このたんぱく質の働きの低下により、増加している物質があることを林先生は突き止めました。そして、増加している物質の除去によってがんの転移する能力を抑えることに成功しました。「この結果はがん転移を抑制する治療薬開発に役立つものだ」と林先生は話します。  
 ミトコンドリアの研究を軸として様々な生命現象を解明してきた林先生。研究への原動力は自らの生き物の仕組みに対する好奇心だといいます。「ミトコンドリアDNA の機能の全貌を明らかにしてやるぞ!」。 林先生とミトコンドリアとの戦いはこれからも続きます。

【取材・文 生物学類2年 倉持 大地】

PROFILE

林純一教授 (筑波大学生命環境系)
1949年北海道生まれ。77年に東京教育大学(現・筑波大学)博士課程終了。98年に同大教授となる。学生には歯に衣着せぬ語りと容姿から「ホワイトライオン」のあだ名で親しまれている。仮説にある想像の部分を明確なエビデンスで埋めてゆく事が重要だと頻繁に学生に伝えることから「No Evidence , No Life」と書かれたシャツを学生にプレゼントされた。著書として『ミトコンドリア・ミステリー』(講談社ブルーバックス)がある。

HP: http://www.biol.tsukuba.ac.jp/~jih-kzt/

※所属・役職は取材当時のものです

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