温泉に生きる小さなヒーロー 〜「金属を集める藻」、知っていますか?〜
蓑田 歩先生
草津温泉や別府の海地獄(右の写真)で見かける、表面の一部が緑色の石。その緑色の正体は、ガルディエリアという藻の一種です。他の生きものが生きられない環境でどんどん増えて、金属を集めるという珍しい性質を持っています。そんなガルディエリアに魅了されたのが、筑波大学 生命環境系の蓑田歩 助教です。日本ではまだ少ない、女性研究者である蓑田助教に、研究対象の「金属を集める藻」の魅力と、女性研究者としてのキャリアについて伺いました。
この子、本当に面白いの
―先生が研究しているガルディエリアには、どのような特徴がありますか?
この子、本当に面白いのよ。硫酸性の温泉に生息する藻の一種ですが、特徴は大きく分けて3点。高い酸性の環境で生きられること、100%二酸化炭素の環境で生きられること、金属を集めることです。
【ガルディエリアの特徴】
1. 高い酸性条件下でも生きられる 真核生物(私たち人間も含まれる)の中で最も低いpH(0.5〜4)で生きられる。(これまで、pH0付近で生きられる生物はいないと考えられてきた) |
2. 100%二酸化炭素でも生きられる 通常の真核生物では7%、藻類で耐性が高いものでも20%までしか生きられないが、ガルディエリアは100%二酸化炭素で生きられる。 |
3. 金属を集める 金属耐性の研究は昔からされていて、報告もあった。その後研究が進み金属を集めていることがわかった。 |
高い酸性や100%二酸化炭素の環境では、多くの生きものは生きられません。そこで増殖できることは驚くべきことです。その仕組みの多くは未解明で、「知りたい!」という研究者心をくすぐります。これからもっと調べていきたいですが、ガルディエリアの特徴の中で私が今一番興味を持っているのは、3点目の「金属を集める」ことです。というのは、人の役に立つ応用に期待ができるからです。
藻がレアメタルを集める!
―金属を集める藻は、細胞表面に金属の粒子をくっつけることで金属を回収しているのですね。では、先生は今、この藻について具体的にどのような研究をされているのですか?
ガルディエリアを使ってレアメタルを集めたいと考え、研究しています。レアメタルとは、精密機器によく使用されている、採掘量が少ない金属です。スマートフォンに使用されている金もそのひとつ。実はレアメタルのリサイクルはあまり進んでいなくて、回収したもののほとんどはアスファルトになっています。そのアスファルトは「都市鉱山」とも呼ばれ、600億円以上の価値があると言われています。そんなレアメタルをガルディエリアによって回収できたら、こんなに素晴らしいことはない。そう思って日々研究しています。
―藻類でレアメタルを!最近のニュースでも、レアメタルの不足は問題になっていますよね。これまでに、研究はどこまで進んでいますか?
金を回収できるかどうか実験したところ、0.5 ppm(0.0005%という薄い濃度で、この数値より下は機械の検出限界に近い値)で回収できました。この濃度では、ガルディエリアは増殖しながら金を集められます。つまり濃度を保ちさえすれば、ガルディエリアを増やしながら金属の回収を続けられるということです。
―金を回収できるなんて夢のようです。ガルディエリアを使用する利点は何ですか?
例えば工業排水から回収する場合は、工業排水は酸性度が高いので、酸性に強いガルディエリアは向いています。また他の生き物が増殖できない環境でよく増えるため、例えば屋外など、実験室でない場所で培養しても問題ない点、育てやすい点も利点です。もっとも弱点もあります。まず、寒いところが苦手。また、細胞の殻が硬いので、研究しづらいのですが、細胞ごと燃やすなどすれば、回収した金属だけ残すこともできます。弱点を克服する方法を採用したいですね。
大学院時代に出会った、温泉の生き物たち
―ガルディエリアの研究を始めたきっかけについて教えてください。どのようにしてガルディエリアを知ったのでしょうか?
ガルディエリアと出会ったのは、米国へ留学した時です。ただ、その前の大学院博士課程(東京大学分子生物学研究所の田中寛先生にお世話になりました)のころには、ガルディエリアと同じく硫酸性温泉に住む小さな生き物である、イデユコゴメ類の藻類と出会い、面白い生き物だなと思いました。
―博士号を取得してから、留学されたのですか?
はい。博士号取得後、米国のミシガン州立大学へ約2年間留学しました。 留学はとてもいい経験でした。一番印象に残っていることは、ホームシックになったときのことです。「日本に帰りたい」とロシア人の同僚に漏らしたところ、「あなたは母国でも研究できるんだからいい。自分は帰国してもここと同じような環境で、研究を続けることもできない。」と言われました。自分の甘えと、自分の置かれている環境のありがたさを身にしみて感じました。私は、研究を続ける限り、彼女の言葉を忘ません。 ここ筑波大学には、帰国後しばらくしてから来ました。うまくいくかわからない私のプロジェクトと、研究者として走りだしたばかりの私を採用してくれた筑波大学の先生方の懐の深さには、感謝しています。
トライ&エラーができる、それが研究の魅力
―大学生の頃から研究者を目指していたのですか?
いいえ、全く。大学に入学した頃は「女の子だし、『9時5時』の仕事がしたいな」と思っていました。
―えええ!意外です。いつから研究の道に興味を持たれたのですか?
私は東京薬科大学の生命科学部の出身で、1期生でした。新しい学部で、様々なチャレンジができました。その中に、筑波大学のように学部生から研究できるプログラムがあり、学部2年生から研究をしていました。そこで研究の自由さ、トライ&エラーができる面白さに気づいたのです。 大きな転機は、研究員のころのことです。修士号取得後は就職するつもりでしたが、研究室の教授から紹介された新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで、研究員として働くことになりました。仕事はとてもハードでしたが、指導教官の方の「このプロジェクトが終わったら好きなことしていいんだよ。」という一言で、これがしたい!と言えるものが自分にないと気づけたのです。このままではいけないと思い、博士課程に進学することに決めました。そこから研究者への道を歩み始めました。
まず、やってみる。それが大切
―様々な道を歩まれて現在に至っているのですね。常にチャレンジされているという印象を強く受けました。最後に、研究者になりたい・興味がある女子高校生にメッセージをお願いします。
高校生の私にとって、研究者は、興味はあっても、ハードルが高いイメージでした。実際、高いハードルが次々とやってきましたが、必ず助けてくれる素敵な人達といつも出会えたことは、何よりも幸せなことかもしれません。私が特別にラッキーなのではなくて、そういうものなのだと思います。だからまず、やってみる。それが大切です。 立ち上げたばかりのプロジェクトを抱えて右往左往している私を採用してくれた筑波大学には、特にそのような風土があるように思います。そんな環境の中にいるのに、やってみなかったら損。と日々思いますし、学生にもそう思って欲しいです。 そして、私のことを見て「自分にもできるかな」ときっかけをつかむ学生が増えてくれたらいいな、と思っています。
【取材・文 生物学類3年 竹股 ひとみ】