マクロな視点で昆虫の行動を紐解く
横井智之 助教
私たちの周りにはたくさんの生物が生活しています。いつもの通りみち、ふと脇に目を落とせば小さな花が咲いており、そこには多くの虫が訪れていることでしょう。初めは名前も知らぬ花に気味の悪い虫がくっついている…。そんな風に思う人もいるかもしれません。しかし、彼らをよくよく観察してみると、とても理にかなった行動をしていたり、不思議な生活をしていたりします。横井先生はそんな私たちの身近な隣人である昆虫の行動の謎を、解き明かそうと研究されています。
▶ ファーブル昆虫記に憧れて
さて、ファーブル昆虫記という本をご存知でしょうか?昆虫の生態や行動について書かれた本であり、世界中で長く読み継がれています。専門書ではなく一般向けに書かれたものですが、鋭い観察と論理的な考察によって昆虫の生活が描かれており、その道の専門家でも舌を巻きます。
横井先生は、ファーブル昆虫記に魅了された少年の一人でした。「小学生の頃ファーブルに憧れて、いろんな昆虫を飼育して行動を観察することが好きだった。何度も飼っては殺してしまったけど (笑)。今でも変わらず昆虫を観察することに喜びを感じていて、研究における一番楽しい点であると思う」と横井先生は話します。今回は、そんな横井先生が研究されている2つのテーマ「ハナバチ」と「ハナアブ」の行動について紹介します。
▶ 1.集団で眠るハナバチ
ミツバチやマルハナバチなど、花蜜や花粉を得るために花を訪れるハチの仲間をハナバチと呼びます。ハナバチのある仲間は、昼間は単独で活動し、夜になると巣の外で集団を形成して就眠することが確認されており、このような行動を越夜習性と呼びます。集団で越夜する利点として、天敵から襲われた時に逃げることのできる個体の割合を増やせることが挙げられます。
夜の間、雌は巣の中で過ごすので、越夜集団を形成するのは雄だけであると考えられてきました。しかし、横井先生がフィールド調査に行った際、越夜している個体を手に取ると、針を刺してきたそうです。雄には針がないので、横井先生は遭遇した集団には雌が含まれることにすぐ気が付きました。さらに調査を進めると、雌だけの集団や、雌雄が混在している集団も存在することが分かりました。
現在横井先生の研究室では、季節の移り変わりに伴う集団の雌雄比の変化や各個体の生殖状態、越夜中の個体の体温を調べることで、集団の形成メカニズムや越夜習性のメリットを探っています。
▶ 2.ハナアブは何故ためらうのか?
ハナアブはハエの仲間ですが、姿かたちがハチによく似ており、花の蜜を餌とします。ハナアブは食事にありつこうと花に着地する前に、近づいたり離れたりする動きを繰り返します。まるで着地をためらうような動きであることから、これを「ためらい行動」と呼びます。
横井先生がハナアブのためらい行動を発見したのは、ハナバチが花へ着地する頻度を調査していた時のことです。「ハナバチと同じくらい花によく訪れていたハナアブについても、ついでに花への着地データをとってみようとしたところ、何故か計測がしにくい。よく観察してみるとためらい行動をしていて、これが着地の判断を難しくしていた。」と横井先生は気が付きました。
ハナアブのためらい行動は、何のために行われているのでしょうか?横井先生は一つの可能性として、花の上に潜む天敵を回避することに役立っているのではないかと考えました。その仮説を証明するため、花にハナアブの天敵であるカニグモを置いたものと置いていないものを用意し、それらに対するハナアブの行動を比較しました。すると、ハナアブはカニグモを置いた花には着地せず、ためらい行動の回数も少なくなりました。この結果から、ハナアブのためらい行動は仮説の通り天敵を回避することに役立つことが分かりました。▶ 自分の眼で観る。やってみる
今回、2つのテーマを紹介しましたが、お話を伺っている中で横井先生の研究に対する思いや姿勢がひしひしと伝わってきました。横井先生曰く、「研究活動における最も重要な点は、どんな些細なことでもまず注意深く観察すること」で、ファーブルに憧れた少年時代からよく観て発見することに対してこだわりを持たれています。
「本や授業で学ぶことも大切だが、外に飛び出して自分の眼で観ることが肝心。実験は失敗を恐れずにとにかくやってみることが大切」と横井先生は言います。自ら行動し、相手の役割を理解することが研究だけでなくいろんな場面で大切であることをお話していただきました。
近年、生物多様性の減少が問題視されており、その解決の第一歩として、生物間相互作用を理解することが必要とされています。生物多様性を支える生態系がどのようなシステムで働いているかを解明していくことが重要であり、生態系を構成する一員である昆虫と他の生物との相互作用の解明が注目されています。
昆虫嫌いなあなたも相手をよく観察し、それぞれの持つ役割を理解すれば、生態系を支えている、小さいけれど偉大な昆虫たちが可愛く見えてくることでしょう。
【取材・構成・文 筑波大学 生命環境科学研究科 生物資源科学専攻 修士課程1年 遠藤 司】