アサガオはなぜ夏の朝に咲くか 遺伝子からの研究とその先
小野道之准教授
小学生のころ、だれもが一度は育てたことがあるアサガオ。名前のとおり、夏の朝になると花を開かせる様子を不思議に思った人も少なくないはずです。そんなアサガオの開花の仕組みを研究している小野道之准教授に、研究内容だけでなく、遺伝子組換え作物やサイエンスコミュニケーションについてのお話も伺いました。
短日植物の代表選手「アサガオ」
生物には概日時計と呼ばれる、日長や季節などを感じるための機能が備わっており、この機能をもとにアサガオは「短日」を認識して花芽をつけ、「朝」という時間を認識し、花を咲かせています。この「時間の認識」は、夜の長さを概日時計で測ることであると古くから知られていました。しかし、夜の長さを計測した後、どのようにして花が咲くのかという仕組み(メカニズム)の解明は、植物生理学における長年の課題でした。小野先生が研究を始めたきっかけも「植物が花をつけるための物質、それについてどうしても知りたかった」からだそうです。
季節の変化を一日の長さの変化として知る生物の性質を光周性と呼びますが、光周性による花芽の形成(花成)の誘導には夜の適切な長さが重要です。日が短くなる(=夜が長くなる)ことで咲く植物を短日植物といいます。アサガオやイネ、キクは代表的な短日植物です。花が咲くメカニズムを調べるためには、これらの植物に適した暗期(=夜)を与えることで、人工的に花成を誘導する必要があります。多くの植物は複数回の暗期が必要な一方で、アサガオは一回の暗期で花成が誘導されます。そのため、花成の実験には使いやすいそうです。
しかし、そんなアサガオにも欠点がありました。まず一つに、遺伝子組換えが難しかったことがあげられます。アサガオの遺伝子組換えの方法は小野先生の研究室で10年かけて開発されたそうです。
二つ目のアサガオの欠点は、全ゲノム配列が分かっていないことです。マウスやシロイヌナズナといった、研究によく用いられるモデル生物では、ゲノム情報が全て解読されています。アサガオの全ゲノム配列が解読されたら、夕方に咲くような特殊なアサガオのゲノム情報を本来のアサガオと比較することで、どの遺伝子が「時間の認識」に関与しているかを明らかにすることができるでしょう。アサガオのゲノム解読は完了間近であり、アサガオのさらなる分子生物学的な研究の進展が期待されています。「アサガオを通して、概日時計から花芽形成に至る全行程を、分子の言葉で語りたい。そして、植物が花をつける時期、つぼみの数について、調節できるようにしてみたい」と小野先生は夢を語ります。
遺伝子組換え作物開発のガラパゴス化
「遺伝子組換え作物というと、大豆やトウモロコシがまず思い浮かびますが、日本で遺伝子組換え大豆やトウモロコシを実際に育てている現場を見たことがある人は少ないでしょう。
小野先生曰く、「日本における遺伝子組換え作物開発の現状は、ガラパゴス系の進化みたいになっており残念」だそうです。全世界で見ると、例えば大豆は作付面積の八割以上、トウモロコシでは三割以上が遺伝子組換え作物であり、広く受け入れられています。一方、日本では、遺伝子組換え作物に対する理解を得るのが難しく、食品ではない鑑賞用植物の花の色を変える遺伝子組換えが盛んに行われています。有名なものでは青いバラや青いカーネーションがあげられます。小野先生自身は、アサガオの黄花の開発やシクラメンの花の形を変える遺伝子組換え技術の開発実験を行い、国際免許を取得されたそうです。「すごい花を見て、『遺伝子って不思議だな』としみじみ見てもらえたらいいな、遺伝子組換えに対する理解がそこから始まれば」と小野先生は話します。また、食べるワクチンなどの近未来の遺伝子組換え作物の開発にも着手しているそうです。
研究室を訪ねると、運が良ければ観られるかもしれません。世界初の遺伝子組換え鉢花として世に出したいという夢もあるそうです。
科学を広める×知ろうとする ―研究者と一般人の関わり―
鑑賞用植物の研究には「遺伝子組換え技術や実験について正しい知識を広め、理解してもらいたい」という願いがあります。日本だけでなく海外にも遺伝子組換えについて反対している人はいますが、遺伝子組換え作物の栽培は海外でのみ、盛んに行われています。その違いはどこにあるのでしょうか?
最新の科学技術というものは、概して専門でない人からすると難しいものです。専門家からすれば当然の知識も、一般の人は知らないということはよくあり、この認識の差が科学技術に対する良くない誤解を招くこともあります。小野先生は、先端科学と一般の人々の認識の溝を埋めるような、中学・高校教員向けの遺伝子組換え実験の教育研修会やサイエンスカフェなどを開いています。「どんなに素晴らしいことをやっていてもわかってもらえなければ意味がない」と考え、一般の人々に理解を深めてもらうにはどうしたらよいか、何をすればよいかについて手探りで活動をしているそうです。 小野先生は生物学類の世話人としても、学生主体のサイエンスカフェ(バイオeカフェ)を開いています。分からないことを知ろうとする人と、自分の研究について知ってもらいたい研究者が、気軽に意見や知識を交換しあう場がサイエンスカフェです。小野先生のサイエンスコミュニケーションに関する今後の活躍にも注目です。
【取材・構成・文 生物学類1年 柿澤 侑花子】