化合物の標的は何?~新規薬剤開発の架け橋として~ | 生物学類生による詳細ページ  

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教員紹介

化合物の標的は何?~新規薬剤開発の架け橋として~

臼井 健郎 准教授

 日本人の三人に一人がガンで亡くなっている現代。ガンのメカニズム解明や新規抗ガン剤開発は急務だと考えられています。抗ガン活性を始めとする生理活性を示す化合物の作用機構解析を行っている臼井健郎先生にお話を伺いました。

薬剤開発における化合物の作用機構の解明

 新規の薬剤の研究・開発は、大まかには、まず化合物の探索・単離、その化合物の作用機構の解明、薬の形への合成、動物などを用いる試験、ヒトに用いる臨床試験の流れで行われます。この各ステップで異なるスキルやノウハウが必要となるため、アカデミアの世界では研究グループ毎でこれらのステップを分担して共同研究をするのが一般的です。臼井先生の研究室では、共同研究先から提供されるさまざまな化合物、特にガンに効くであろうと推測される化合物の標的分子や作用機構の解明を行っています。臼井先生も大学四年生の卒業研究では、九州各地の土を集め、有用な化合物を探索していたそうです。「採集した微生物が作り出す物質の中で細胞分裂の活性が強く阻害されるようなものに目星をつけ、化合物を単離・精製していました」。

 化合物の作用機構の解明の段階では、ヒトのガン細胞やマウスの線維芽細胞等に化合物を与え、細胞周期の変化やタンパク質合成の変化やDNA・RNA合成の変化などを徹底的に調べ、化合物が作用する細胞小器官を絞り込みます。化合物の化学構造のみで作用する器官を予測するのは難しく、いざ調べてみると予測を裏切られるような部位に化合物が作用していることもよくあるそうです。アクチン・微小管・ミトコンドリア・リソソーム・細胞膜など、化合物の作用対象は多岐に渡ります。「様々な細胞小器官についての情報を集積し、その都度考えていくことは大変なものの、細胞内の現象を広く知ることができるのが面白い」と臼井先生は話します。

 細胞分裂中期の微小管に作用する化合物の解析例。染色体が青・微小管が緑・極が赤に抗体で染色されています。左図が正常な細胞での分裂期の様子。化合物によって微小管の移動が阻害されるため、染色体が上手く分配されない場合(中央図)、極が複数形成される場合(右図)などが観察され、ガン細胞の細胞周期を止めることに寄与すると考えられます。

化合物の作用する器官が特定できた後は、主にin vitro*1の実験系を用いて、化合物が直接作用するタンパク質をさらに詳しく特定していきます。例えば微小管に効くような化合物であれば、ブタの脳から精製した微小管を用います。脳は細胞の破砕が容易な上、神経細胞の軸索には非常に多くの微小管が存在しているため、微小管のin vitroの実験系にはよく用いられるそうです。他にも、化合物への耐性を持った酵母の変異体を選抜し、変異を持った酵母のゲノムを解析する*2ことでも、化合物の標的タンパク質を特定することができます。 作用機構が特定された化合物の中で有用だと見込まれる一握りの化合物は、共同研究先における薬効薬理試験や病院での治験を通じて、実用化への篩(ふるい)にかけられていきます。

製薬会社の研究開発との差異

「薬の開発」と言えば、製薬会社ももちろん行う仕事です。そこで、臼井先生の研究内容が製薬会社と競合しているのか伺ってみました。臼井先生曰く、製薬会社は新薬の開発・販売が主目的で、社内には化合物の探索・合成・作用機構解析・臨床試験等全てのステップでのプロフェッショナルが揃っています。臼井先生が肩を並べられるのは化合物の作用機構解析の分野で、薬剤が標的とした場合に有用なのではないかと推測されるタンパク質や細胞システムの情報を持っています。つまり、新薬の開発へのアプローチができるという意味で、応用研究も意識していると臼井先生は話します。

筑波大学と理化学研究所との違い

臼井先生は筑波大学で就任する以前、理化学研究所(以降、理研)においても化合物の作用機構解析を十二年間行っていました。大学と理研の一番の大きな違いは、大学は教育機関で理研は研究機関であることだそうです。理研はテクニシャンや研究員など、技術を既に持った人の集まりで、実験計画を立てれば翌日にでも実験に取り組める一方で、大学では学生が実験をしなければなりません。実験に必要なテクニックを学生に一つ一つ教える必要があるため、研究の進むスピードが異なります。それ故に臼井先生は、研究室全体のセミナーとは別に、学生一人一人と研究内容についてのディスカッションを週に一度行います。こうして、自分が教えた学生がやる気を持って研究を行い、一つ一つ成長して修士や博士を取得していく姿を見られるのは大学ならではのことであり、大変感慨深いと話していました。

*1: 生物体内の組織や物質を用いて、試験管内等の生物体外の場所で実験を行うこと。
*2: 化合物に耐性を持つ酵母では、化合物の標的となるタンパク質が変化しているが故に耐性を持っている。セントラルドグマではDNAからタンパク質が作られるため、耐性を持つ酵母ではDNAも変化していると考えられる。そこで、耐性酵母・非耐性酵母間でDNAの差異を比べることで、化合物の標的となるタンパク質を探すことができる。

【取材・構成・文  生命環境科学研究科 D1 近藤 卓也】

PROFILE

臼井健郎 准教授
筑波大 生命環境系

95年に東京大学大学院で博士課程を修了。約半年間学振の研究員として同大学で研究を続けた後、理化学研究所の研究員となる。同研究所在籍中にドイツのミュンヘン、イギリスのグラスゴー・マンチェスターに短期留学。06年に筑波大学生命環境科学研究科(現:生命環境系)の准教授に就任。

研究室HP http://www.agbi.tsukuba.ac.jp/~usui/index.html

※所属・役職は取材当時のものです

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