小さなダニの戦略とは? ~行動から進化の理由を解き明かす~
皆さんはハダニという生き物を知っていますか?ハダニは植物の葉を吸汁して生活するダニの仲間です。一部の種はアリやハチほど顕著ではないものの社会性を持ち、巣を作って集団で生活します。また、繁殖するための戦略を複数持っている種もあります。顕微鏡を使わないとよく見えないような小さなハダニにも「ダニの社会」があるのです。今回は主にハダニと、ハダニを食べる捕食者のカブリダニを対象に行動生態学・進化生態学を研究されている、筑波大学生物学類の佐藤幸恵先生にお話を伺いました。

飼育しているハダニの一種、ススキスゴモリハダニの写真。雌の成虫3個体、幼虫1個体、卵2個。(写真提供:佐藤幸恵先生)
進化の理由をハダニの行動から探る。
行動生態学・進化生態学とはどんな学問なのでしょうか。佐藤先生によると、生物の行動や形質がなぜ獲得されてきたのかを考えるとき重要となるのはコストとベネフィット、いわゆる「対費用効果」です。ある行動をとったり形質を持ったりするときに生物にとって不利になる点を上回る利益があれば、その行動・形質は進化しやすくなります。例えば、目立ちやすいというリスクがあるにも関わらずクジャクの雄がきれいな羽を持っているのは、その方が雌に選ばれやすく、子孫を沢山残しやすいためです。このように、ある生物の行動や形質の理由を繁殖や生存の視点から説明する学問が行動生態学・進化生態学です。
では、なぜ佐藤先生は生態学の研究にハダニを用いているのでしょうか。それは、ハダニは一生が短いので生まれてから死ぬまでをずっと追い続けやすく、体が小さく葉の上で生活するので全ての行動を顕微鏡下で見続けることができるという利点があるからだといいます。
ハダニの雄が戦略を変える理由に魅せられて
佐藤先生が関心を寄せるハダニの行動は多岐に渡りますが、その一つが「ナミハダニ」の雄が雌を奪い合う戦術についての研究です(図1)。ナミハダニは農業害虫としてもよく知られるダニです。ナミハダニの雌は最初に交尾した雄との子どもを産むため、雄は未交尾の雌をめぐって争います。雌は成虫になると交尾ができるようになるため、雄は脱皮して成虫になる前の雌の上に乗る「マウント行動」をとり、雌を他の雄から守る交尾前ガードを行います。雌を奪い合うにあたって、雄がとる行動は次の3種類の戦術に分けられます。「ファイター」は戦って雌を奪い合い、「スニーカー」は戦わずに雌にマウントし続け交尾の機会をうかがい、「オポチュニスティック雄」は未交尾の雌を探してひたすら歩き回ります。佐藤先生は、なぜ雄がこれらの異なる戦術をとるのかについて研究してきました。

図1 ナミハダニの写真 雄が雌をガードしている。(写真提供:佐藤幸恵先生)
雄の戦術の違いはしばしばRHP(Resource Holding Potential ; 資源の獲得保持能力)で説明されます。RHPはその個体が闘争に勝つ能力のことで、この能力が高い雄は戦う戦術、低い雄は戦いを避ける戦術をとると考えられます。ナミハダニでは、先行研究により、体サイズの大きい雄が闘争に有利であることが知られていました。そこで、体サイズの大きい雄がファイター、小さい雄がスニーカーになると予測し、両者の体長・体幅・脚長を計測して比べました。しかし、その結果、ファイターとスニーカーの間に形態的な差異は検出されませんでした。一方、日齢および個体密度を操作した実験から、一定程度の雄密度が存在する条件下では、若い雄がスニーカー戦術をとる傾向があることが明らかになりました(図2)。しかし、高齢の雄が闘争において有利であることを示す証拠は得られておらず、なぜ若い雄がスニーカー戦術を採るのかは分かりませんでした。

図2 ナミハダニにおける雄の日齢とスニーカーの割合の関係 一定程度の雄密度があるとき、脱皮してから時間が経つほどスニーカーの割合が低くなり、ファイターの割合が高くなる。(提供:佐藤幸恵)
他の既存の仮説でも説明できず悩んでいたとき、ある論文からヒントを得て思いついたのが、「雄が異なる戦術をとることは、戦術によって雄の寿命が変わることに関係している」という説でした。
ナミハダニの雄同士の闘争は激しく、戦いによって負傷した個体が死に至ることもあります。日齢の進んだ雄は、今後どの程度生存できるか不確実であるため、現在の繁殖機会の重要性が高く、負傷のリスクを負ってでも雌を確保することが有利であると考えられます。一方で、若い雄は将来の繁殖機会も期待できることを踏まえ、現在の繁殖と、戦って負傷したときに失うであろう将来の繁殖を天秤にかけて闘争に参加するか否かを選ぶ必要があります。このような状況において、闘争を回避するスニーカー戦術をとることで、現在の繁殖に一定程度関与しつつ、生き残って将来の繁殖機会を確保している可能性が考えられます。
そこで行ったのは次のような実験です(図3)。まず、ナミハダニの雌1匹に対して0日齢の5匹の雄を導入し、マウントした雄の戦術を判別しました。次に、他の4匹の雄を攻撃性の高い、4日齢の雄(脱皮してから時間が経った雄。脱皮して間もない頃よりもファイターの割合が高い)に置きかえ、競争圧に負荷し、1時間置きました。その後、後から加えた4匹の雄を取り除き、マウントしていた雄の生存を24時間ごとに確認しました。

図3 若い雄がスニーカー戦術を採る理由を探った実験の流れ
この実験から競争の勝敗に関わらず、かつてスニーカーであった雄の方がファイターであった雄よりも寿命が長いことが明らかになり、新しい仮説が検証されました。
佐藤先生はこの結果に行きつくまで、様々なアイデアをもとに試行錯誤を繰り返しました。最後に上述した新しい仮説を検証できたときはとても嬉しかったそうです。「研究は失敗と成功経験の両方があるからこそやめられない」(佐藤先生)と研究の面白さを話してくれました。
最近ではRHPの戦術への影響を示唆するような研究結果があり、他にも母親や個体の経験が戦術に及ぼす影響についての研究も行われています。佐藤先生は、どれか一つの説が正しいというのではなく、複数の説が同時に成り立つこともあり得ると考えています。「複数の説を組み合わせることで複合的なメカニズムを説明できるようにしたい」と今後の抱負を語っています。
「自分がどうありたいか」を大事に
佐藤先生は北海道大学農学部のご出身です。生物や食べ物が好きだからという動機で入学し、入学当初は研究への強い動機を持っているわけではありませんでした。しかし、2年生のときにのちの指導教員である齋藤裕先生の講演の立て看板を見かけ、そこに書かれていた「ダニの社会」というキャッチフレーズを見て「どういうこと?」と不思議に思いながらも心をつかまれたそうです。卒業研究では齋藤先生の動物生態学の研究室に所属し、ハダニを対象に研究するようになりました。研究室でダニを観察してみると、ダニたちの行動がかわいらしく愛着がわくようになったそうです。
卒業後の進路については悩んだ末、研究者の道を選びました。生態学の研究の道に進んだのには、ハダニの魅力や研究の面白さに魅せられたこと以外にも動機があります。行動生態学は「知りたい」という気持ちによって成り立っている部分が大きい学問だといいます。佐藤先生は、純粋な興味をもとにおこなう研究を職業にできる道をとても魅力的に感じたそうです。
研究者になってからはオランダのアムステルダム大学でポスドクとして研究を続けました。オランダには他の国からも研究者が集まっていて、世界中に友人ができました。このような未来は想像していなかったそうですが、「自分がこうありたいということにしがみついたから今がある」と話してくださりました。
「今の社会では安定が重視される傾向がありますが、人生は一度きりです。 若い皆さんには、自分の夢や興味を大切にしながら、未来を描くことにも挑戦してほしいです。」と佐藤先生。先生のように自分が心をつかまれること、心の底から求めていることを追い続けてみると、想像もしなかったところに行きつけるのかもしれません。
参考文献
- 佐藤幸恵(2020)「農業害虫ナミハダニにおける雄の繁殖戦略」『植物防疫』12, VOL.74, p. 705-710
【取材・構成・文:筑波大学生物学類 今村 文音】




