スーパーコンピューターで挑む、分子スケールの生物学!! 生体分子のシミュレーションとは?
実験をしない生物学者?
この記事を読んでくれている高校生諸君は、きっと科学や生物が大好きなのでしょう。では、科学研究がどのようにして進められていくのかご存知ですか?科学研究は、仮説を立て、実験を行い、結果と比較し、論理的に考察する、この積み重ねで成り立っています。もちろん生物学も例外ではありません。私も大学1年生の時にそう教わりました。
しかし、筑波大学の生物学類には“実験”をしない先生がいるのだとか。…ちょっと待て、話が違うじゃないか!そんなことが許されていいのか!?というワケで、実験をしない生物学者、分子動力学の専門家である原田隆平先生にお会いするべく、筑波大学計算科学センターを訪ねてみました。

写真1:筑波大学計算科学センター ここに原田先生の研究室があります

写真2:分子動力学シミュレーションについて説明する原田先生
生体分子の分子動力学シミュレーション
原田先生は生体分子のダイナミクスの研究者。タンパク質・核酸・脂質といった生体分子のはたらきを解明するため研究しています。
会議室へご案内いただき、ご挨拶もそこそこに早速質問してみました。
「原田先生はどうして実験をしないのですか?」と私。「実験、得意じゃないんだよね♡」と原田先生。
なんということでしょう。こんな悲しいオチだなんて。しかし次の瞬間、原田先生からなんとも興味深い台詞が。
「僕は、実験だけでは分からない生体分子の動きを見るために、分子動力学シミュレーションの研究をしているんです。」
私たちの体は主にタンパク質でできています。タンパク質とは原子が集まってできた生体分子の一種です。
ここでのポイントは、生体分子は止まっているのではなく常に少しずつ動き続けているということ。正確には、原子同士は互いに力を及ぼし合って振動しており、その組み合わせが生体分子の動きとなって、タンパク質の構造変化をもたらすのです。
ニュートンの運動方程式に基づいて原子一つ一つにかかる力を計算し、それらを統合することで生体分子の動きを予測する。これが分子動力学シミュレーションです。なお、シミュレーションで相手にする原子の個数は数万・数億レベル。手計算ではまるで間に合わないのでスーパーコンピューターの力を借ります。
生体分子の研究において、実験とは瞬間を捉えることに優れた、言わばスナップショット。対する一部始終を捉えるためのアプローチがシミュレーションなのです。特に、生体分子はやわらかい性質を持つソフトマター(※1)であり複雑な構造変化をするため、幅のある時間スケールで動きを理解することが重要になります。
※1ソフトマター:生体分子、ゲル、ゴムなどやわらかく変形しやすい物質のこと。
「ふるいわけ」で薬が細胞に届くまでが見えてくる!
分子動力学シミュレーション、なんとも素敵な研究方法であることがわかりました。しかし、具体的には一体どういう風に研究するのか、なかなかイメージするのが難しい…。そこで、原田先生自慢の研究の一つをご紹介しましょう。
皆さんも、風邪をひいたら飲み薬を飲んだり、怪我をしたら塗り薬を塗ったりしますよね。では、薬の成分はどうやって細胞の中へ届くのか、気になりませんか?
先ほども述べた通り、生体分子のはたらきを知るためにはある一定の時間スケールで動きを捉える必要があります。それでは、分子動力学シミュレーションでは通常どのくらいの時間スケールを捉えているのか。原田先生曰く、現代の一般的な技術では一度のシミュレーションでおよそマイクロ秒(10-6秒)程度の動きが限界とのこと。そして、薬の分子が細胞膜を通過するのにかかる時間はおよそ数秒。薬が細胞内に取り込まれるまでの一部始終は最新鋭のスーパーコンピューターを使っても捉えることができません。
ところがどっこい、原田先生は時間スケールを拡張するためのトリックを思い付き、新たなシミュレーションの計算手法を開発しました。実際のシミュレーションでは生体分子の機能に関係する重要な(多くの場合は大きな)構造変化は確率的に出現します。ならば、短いシミュレーションを何度も繰り返して、生体分子が大きく構造変化した瞬間だけをスナップショットとして選別し、シミュレーションをリスタートさせて、これを繰り返して繋ぎ合わせれば、薬が細胞膜を完全に通過するまでの流れを再現できるのではないか、と閃いたのです。つまり、シミュレーション結果を何段階も「ふるいわけ」するわけです。この計算手法は、Parallel Cascade Selection Molecular Dynamics (PaCS-MD)(※2)と呼ばれ、現在までに生体分子ダイナミクス解析や創薬研究に応用されています。
※2 PaCS-MD:短時間の分子動力学シミュレーションの繰り返しにより、通常の分子動力学シミュレーションでは到達できない時間スケールにおいて観測される生体分子ダイナミクスを現実的なコストで効率的に抽出できる計算手法. 文献. R. Harada and A. Kitao, J. Chem. Phys., 139, 035103 (2013).

図1:PaCS-MDによる薬剤の細胞膜透過シミュレーションの概念図

図2:シミュレーション結果の“ふるいわけ”のイメージ
原田先生のシミュレーションは実在の化合物と細胞膜を設計して行われました。このモデルは、様々な化合物に変えて汎用的に計算できるため、新薬の開発や性能比較にも応用が期待できます。早くよく効く薬を開発したい、という製薬企業の希望に添うことができる可能性があるのです。
すごいぞ!筑波のスーパーコンピューター!
原田先生に言わせれば、コンピューターは目に見えない生体分子の動きを見るための「顕微鏡」。ならば高性能な顕微鏡もといコンピューターを使いたいですよね。事実、分子動力学シミュレーションで行われる計算量は膨大で、スーパーコンピューターが欠かせません。もちろん原田先生の研究でもスーパーコンピューターが活用されています。
現在活躍中なのが、筑波大学が誇るスーパーコンピューター「Pegasus」です。Pegasus はなんと、GPU搭載、ノード(計算ユニット数)150、浮動小数点(演算能力)8.1 ペタFlops。早い話が普通のノートパソコンの数万倍の超性能。
原田研究室の学生も当然Pegasusを使用可能。学生がスーパーコンピューターを使って研究できるなんて、なんとも格好良くて羨ましいですね!

写真3:筑波大学のスーパーコンピューター「Pegasus」 Pegasusに搭載されたGPUは分子シミュレーションと相性良好
原田先生からメッセージ:「やってみよう!」を大切に
原田先生は小学生の時から研究者になりたかったそうです。しかし、学生には「研究者になりたい!」とこだわらず色々チャレンジしてみてほしい、と語ってくれました。
実は、原田先生は学部生の頃は物理学を専門にしていました。しかし、大学院から生物物理学へと専門を移してみて、「生物学も面白いな」「実際にやってみると楽しいな」と気付いたと言います。
そして、原田研究室の学生はとてもチャレンジングでアグレッシブ。毎朝9時に集まって、皆で論文の読み合わせをしているとのこと。実はコレ、学生の希望で始めたのだとか。流石に大変だし疲れるけれど、論文を読んで自分の研究に活かすための良い訓練になっているそうです。
色々なことに興味を持って、色々と勉強してみる。そして色々な知識を得ると、いつか色々と役に立つ。決め打ちや絞り込みなんてもったいない。やってみよう!
【取材・構成・文:筑波大学大学院環境科学学位プログラム 安富将吾】




