植物の可能性を拡げる「つくばシステム」―社会に貢献するバイオテクノロジーの最前線― | 生物学類生による詳細ページ  

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教員紹介

植物の可能性を拡げる「つくばシステム」―社会に貢献するバイオテクノロジーの最前線―

地球温暖化や人口問題など、現代社会は解決すべき多くの課題に直面している。そんな中で、自分自身の研究がいかにして社会の役に立てるかを常に問い続けているのが三浦謙治先生だ。大学院時代には、二酸化炭素を濃縮する機能を持つ藻類の研究を通して、温暖化対策への寄与を模索されていた。植物により良い形質を持たせ、それを社会に実装する姿勢が、今回のインタビューの主題である「つくばシステム」の開発へと繋がっている。

つくばシステムとは、植物に特定のタンパク質を大量に作らせるための技術だ。「タンパク質を作る」と言われても、その意義はすぐにはピンとこないかもしれない。しかしこの技術は、実は私たちの命を守る医薬品やワクチン、ホルモン製剤などを生み出すために、なくてはならないものなのだ。

最新の知見で、植物をデザインする

植物の形質を変えたいとき、植物学者には様々な手段がある。農学の世界では、良い表現型を持つ品種を交配したり、突然変異を誘発したりする「従来育種」が最も広く使われている。人類が1万年前に農業を始めて以来、連綿と続いてきた営みだ。

これに対し、遺伝子を直接読み、編集する技術がここ半世紀ほどで急速に発展してきた。植物に遺伝子を直接入れ、目的のタンパク質を作らせたり、植物がもともと持っている遺伝子を書き換えたりすることで植物を改良できるようになったのだ。

植物に遺伝子を入れるには、核の中のゲノムを書き換える方法と、核の外にDNAを置いておく方法の2種類がある。いわゆる遺伝子組換えやゲノム編集は前者で、三浦先生の開発したつくばシステムは後者にあたり、後者は「一過的発現」と呼ばれる。イメージとしては、コロナ禍をきっかけに一般的になったmRNAワクチン、特にレプリコンワクチンに近い。mRNAワクチンは、mRNAを注射することで、人間の細胞に、コロナウイルスの抗原タンパク質を作らせる。つくばシステムでは、DNAを注射することで、植物の細胞に、作らせたいタンパク質を作らせる。

つくばシステムが切り拓く、植物バイオテクノロジーの将来

生物学や生物工学の世界では、大腸菌や酵母にタンパク質を作らせるのが主流である。しかし、大腸菌などでは作りにくいタンパク質もあるため、植物でのタンパク質生産という選択肢が広がり、実用化に近づくことが重要だ。従来は植物でのタンパク質生産能力は低かったが、つくばシステムによって植物でも大腸菌などと同等の性能でタンパク質を作らせることができるようになった。さらに、従来の技術よりも多くの種類の植物でタンパク質を生産できるのも特徴だ。

つくばシステムのメリットは、タンパク質を直接利用するだけにとどまらない。作ったタンパク質をそのまま植物細胞内ではたらかせることで、遺伝子組換えやゲノム編集の技術を使えない作物でそれらを使える可能性があるのだ。例えば、現在、トマトでは遺伝子組換えができるが、ピーマンやキャベツではできない。それらの作物の遺伝子組換えに、つくばシステムが役に立つという。

実は、つくばシステムは、最初は狙って作ったものではなかった。学生の気まぐれで、転写を終結させる配列であるターミネーターが2つ直列に並んだ配列がたまたま作られたのだ。遺伝子の運び屋であるベクターを改良する際、遺伝子ごとに切り貼りせず、遺伝子の外側の共通配列ごと切り貼りしたためだった。最初はなぜタンパク質の発現量が増えたのか分からなかったが、DNAの配列を再確認し、ターミネーターが2つあることが重要だと分かったという。これにより、RNAポリメラーゼがより確実に転写を終えることができる。転写を終えられずに関係ない部分までmRNAを作ってしまうと、余分なmRNAが干渉を起こしてしまうので、ターミネーターが2つあることで干渉を少なく抑えられているのではないか、と三浦先生は考察する。

バイオテクノロジーを社会に実装するために

新しいテクノロジーは、必ずしも一般に広く受け入れられるわけではない。安全性や倫理的な課題に懸念を示す人も居る。ゲノム編集についても、「遺伝子を破壊」と聞くと危険そうな印象を抱く人が居るかもしれない。しかしゲノム編集は、自然界で何万年、何億年と繰り返されてきた遺伝子の変異・破壊というランダムな事象を、ピンポイントで狙って起こしているだけなのだ。例えば、野生種のトマトには毒があって食べられなかった。毒を作る遺伝子が破壊された変異体を見つけ、人類はトマトを食べられるようになった。私たちは既に、何千年も前から遺伝子が壊された作物を食べているのだ。

三浦先生は、こういった技術的な背景を聞いてくれる人には、正確な情報を提供する姿勢でいるという。そして、消費者がゲノム編集や遺伝子組換えの食品を食べるか、食べないかを選択できるようにすることで、そういった技術への信頼を得られるよう努めているそうだ。情報をただ知らないだけという人には、専門家の発信する、科学的な根拠に基づいた情報に触れてほしいという。

大学で、君たちは何を成す

意外なことに、三浦先生は、大学で経済学部に入学し、2年生からから3年生へ進級する際、農学部へ転学部された。高校の時も生物に興味はあったが、周囲の環境や親の勧めなどから経済学部を選んだ。しかし、何かを作りたい、モノづくりに携わりたいという思いから農学部への転学部を決意されたという。「若いうちはやり直しがきく。そんなに悩まなくても、なんとかなるよ」とは、そういった経験からの言葉だ。

私も化学工学から理学生物へ学部で転身したので、まだまだ経験もないのに共感してしまった。筑波大学は転学類が可能である。高校生の読者も、今はあるものにあこがれていても、入学後に様々な世界に触れて考えが変わるかもしれない。そんなときでも筑波大学は優しく受け入れてくれるだろう。「視野を広く持って、様々な事に触れてほしい」と先生は語る。

分子生物学や遺伝子工学は、ここ半世紀ほどの間に急速に発展してきた。2000年前後に様々な生物のゲノムが解読され、当時は「ゲノムが分かれば全部分かる」という熱気があったという。実際はそんなに単純ではなかったが、今はさらに技術が進歩し、いろいろなことができるようになった。真理を探究するためのツールも、実用に繋げるためのツールも、以前とは比べ物にならないほど選択肢が増えた。

急速にAIが進化し、知識の量だけでは太刀打ちできない時代、三浦先生は「人間ならではの広い視野」の重要性を説く。つくばシステムも、最初は学生の気まぐれによる偶然の産物だった。しかし、その小さな「点」を見逃さず、既存の知識と結びつけて線にできたのは、先生が多角的な視点を持っていたからだろう。一見無関係に見える事柄でも、学び続け、結びつけることでイノベーションは生まれる。大学という自由な場所で、皆さんはどんな点を打ち、何を繋ぎ合わせるだろうか。

 

【取材・構成・文:筑波大学生物学類 吉田真人】

PROFILE

筑波大学生命環境系
三浦 謙治 教授

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