耐熱服をまとう巻貝から生物多様性の謎に挑む!
180万。これは、生物多様性に関わるある数字ですが、何かわかりますか?正解は、地球上で見つかっている現生生物種の数です。さらに、今でも毎年約15,000〜20,000種もの新種が見つかり、その数を増やし続けています(1。
しかし驚くべきことに、この多様な生物は全て、単一の共通祖先に由来していると現代の生物学では考えられています。巨大なゾウやキリン、森や草原を形成する植物、様々な形態を持つ昆虫、眼に見えないほど小さな微生物、そして我々ホモ・サピエンスでさえも、その形態や生き方は大きく異なりますが、元をたどればただ一つの共通祖先に行きつくのです。
今回は、多様な生物はどのように生み出され、維持されてきたのかという「生物多様性の謎」を解明するために、研究を続ける筑波大学の香川理先生にお話を伺いました。
カイゴロモをまとうスガイを進化生態学から考える
多様な生物はどのように生み出され、維持されてきたのか、この問いに答えるためには「進化学」と「生態学」という二つの視点が必要です。そのため、香川先生はこの二つが融合した「進化生態学」の立場から、遺伝学、生態学、生物地理学、進化学など多様な観点を取り入れて研究に取り組んでいます。
現在、香川先生の研究室では、スガイ(Lunella correensis)という巻貝とカイゴロモ(Pseudocladophora conchopheria)という藻類を対象に研究を行っています。なぜ、この二種を研究に用いているのでしょうか?それは、カイゴロモがスガイの殻にしか付着しないという特殊な性質を持っているためです。
ここで少し、生物の進化について考えてみましょう。進化は、生物とその生物を取り巻く環境との相互作用によって引き起こされます。ここでいう環境とは、温度や湿度などの非生物的環境だけではなく、捕食・被食など様々な生物が相互に作用することで生じる生物的環境も含みます。このように、生物を取り巻く環境は複雑であるため、生物進化を引き起こす要因を特定し、そのメカニズムを解明することは容易なことではありません。そこで、香川先生はカイゴロモがスガイの殻にしか付着しないという一対一の関係に注目し、これら二種を対象に研究を行うことで、生物間の相互作用がどのように進化を促すかという問いに迫りました。

図1. A:スガイ B:カイゴロモが付着したスガイ C:カイゴロモ
カイゴロモがなぜスガイにしかつかないのかは長年わかっておらず、大きな謎でした。そのため香川先生はまず、スガイとカイゴロモにどのような関係があるのかを明らかにしようとしました。研究の結果、濡れたカイゴロモが付着したスガイは、カイゴロモが付着していないスガイに比べて体温が低いことが示されました。スガイは日本沿岸の潮間帯(潮の満ち引きによって海水に浸かったり、出たりする場所)に生息し、夏場の干潮時には体温が高くなりがちです。しかし、海水をたっぷり含んだカイゴロモが気化熱によってスガイの体温上昇を抑え、まるで耐熱服のように働くことで、スガイの生存率を高めていたのです。つまり、スガイはカイゴロモに住処を提供し、カイゴロモはスガイの体温の上昇を抑えるという、互いに正の影響を与え合う関係(相利共生)にあることが明らかになったのです。

図2. カイゴロモの耐熱服効果を表す研究結果。濡れたカイゴロモ(青線)はスガイの熱ストレスを減らす(香川 2024[参考文献2]を改変)。
ところが、研究を続けていく中で、スガイにしか付着しないはずのカイゴロモが、スガイ以外の巻貝にも付着していることがわかってきました。遺伝解析の結果、スガイ以外の巻貝にはスガイとは異なる種類のカイゴロモがついていることが明らかになりました。
そこで香川先生は次に、それらのカイゴロモの種がどのように生じたかに注目しました。新たな種が生まれることを種分化といい、山や川、海流などの地理的な障壁によって、集団間の遺伝的交流が妨げられ新たな種が生じる「異所的種分化」や、同じ場所に生息し集団間に遺伝的交流がありながらも新たな種が生じる「同所的種分化」などが知られています。異所的種分化に対し、同所的種分化は特定の条件下でしか生じない進化イベントで、その実態は古くから議論されてきました。香川先生が行ったゲノム解析の結果、同所的に異なる巻貝を利用するカイゴロモどうしは、過去に遺伝的交流があったものの、現在は遺伝的交流がないことがわかりました。これは、カイゴロモが同所的に生息する別の巻貝に乗り換えることで種分化したことを意味し、カイゴロモに同所的種分化が起こった可能性を示しています。
SNSで生物調査!?市民科学調査と進化生態学のコラボレーション
香川先生は2018年からTwitter(現X)を使って、カイゴロモがスガイに付着する条件について調べる市民科学調査も行いました。Twitterを介して、スガイの生息場所、生息環境(底質情報、岩場か砂場か)の情報を写真付きで募集したところ、全国の高校生や大学生、そして社会人の方々が撮影した87地点、200個体以上のスガイの写真が集まりました。送られてきたスガイの写真から、カイゴロモの付着の有無を判定し、カイゴロモの付着率と生息場所・環境のデータを合わせて解析することで、カイゴロモは岩場にいるスガイに付着することが多いことが明らかになりました。
前述したカイゴロモの耐熱服効果を踏まえ、砂場にいるスガイは暑くなると砂の中に潜って体温の上昇を回避する一方、岩場にいるスガイは潜れないため、カイゴロモを付着させることで体温の上昇を抑えている可能性などが考えられています。

図3. 市民科学調査で得られたスガイとカイゴロモの分布情報。付着地点はカイゴロモがスガイに付着していたことを表す。全国各地、87地点から200個体以上のスガイの写真が集められた(香川2024[参考文献2]を改変)。
さらに、SNSで集められたスガイの分布データは他の研究にも応用されました。現代のゲノム解析技術では、現在の集団のゲノムを調べることで、有効集団サイズ(繁殖可能な個体数。実際の個体数の一つの指標になる。)を推測することができます。香川先生がスガイのゲノムを解析したところ、スガイの有効集団サイズは氷河期以降に増加したことが明らかになりました。
しかし、ゲノムからの推測だけではスガイの分布の変遷まではわかりません。そこで、市民参加型研究で集めた全国のスガイの分布情報と水深、陸からの距離、塩分濃度、海水温などの現在の環境データからスガイの最適生息地のモデルを構築し、氷河期の環境データをそのモデルに代入することで、過去にどの場所がスガイの生息地として適していたのかを調査しました。調査の結果、氷河期の日本海側は太平洋側と比べて塩分濃度と海水温が低く、スガイの生息環境には適していませんでしたが、氷河期後には塩分濃度と海水温が上昇し、スガイの生息環境に適するようになったことがわかりました。
つまり、日本海側のスガイは、氷河期に生息可能域が縮小し、その個体数を減らしましたが、氷河期後は生息可能域が拡大したため、個体数を増加させていったことがゲノム解析と市民科学調査を融合させることで明らかになったのです。
多様性を大切に
多様な生物を理解するためには、多様な考え方と、多様な人たちとのつながりが不可欠です。香川先生は、遺伝学、生態学、生物地理学、進化学、市民科学など多様な観点、手法から研究を行っていますが、このような多様なアプローチをとるためには様々な分野の共同研究者の助けが必要です。香川先生は「様々なアプローチから研究することは大変。大学・大学院時代の研究室の友人をはじめとする共同研究者の助けが大きい」とおっしゃっていました。
自分と他人とでは考え方も能力も異なります。そして、そのような違いはときに煩わしく、他者と協力して物事を行うことに抵抗を感じさせます。しかし、そんな他者のことを認め、互いに理解し、力を合わせたときに、自分一人では決して為すことができない大きなことを成し遂げられると私は思います。他者を理解し、協力しようとする姿勢は、研究の世界においても重要なのだと、私は香川先生へのインタビューを通じて感じました。
違うからと言って排除するのではなく、相手との違いを尊重し、受け入れる心構えを持つことが、他者と関わりながら生きていくうえで重要なのかもしれません。
参考文献
- TANAAKK「発見されている生物約 180万種/約870万種」2025年4月14日,TANAAKK,2026年3月14日閲覧,https://www.tanaakk.com/2025/04/14/biology-2
- 香川理(2024)表在性緑藻カイゴロモの生態と進化.藻類 72(2): 115-121.
【もっと知りたいあなたへ】
・スガイとカイゴロモに関する研究の詳細は、参考文献2を参考にしてください。
・香川先生の他の研究や活動については, https://researchmap.jp/osamukagawaから確認できます。
・香川先生が行った市民科学調査に参加した人の年齢層は幅広く、学生から社会人まで、普段は研究をしていない人たちが多く参加したそうです。生物学分野において、SNSやアプリを通じて気軽に参加できる市民科学調査はたくさんあるので、興味がある方はぜひ参加してみてください!(Biome、いきものログ、eBirdなど常設されているものから、お庭の生き物調査など期間限定で行われているものまで多数!)
【取材・構成・文:筑波大学生物学類 新井駿太郎】




