骨を持たない昆虫のカルシウム調節機構の謎に迫る | 生物学類生による詳細ページ  

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教員紹介

骨を持たない昆虫のカルシウム調節機構の謎に迫る

みなさんはカルシウムが私たちにとってどれだけ重要な物質であるかご存じでしょうか?カルシウムは骨を形成するだけでなく、筋収縮や神経活動など、さまざまな生命活動に関与しており、動物が生きるうえで不可欠なミネラルの一つです。そのため、動物の血液中のカルシウム濃度は、常に一定の範囲に保たれるよう厳密に調節されています。

私たちヒトを含む脊椎動物では、カルシウムで構成される骨がその調節に重要な役割を果たしています。それでは、骨を持たない昆虫は、どこにカルシウムを貯蔵し、どのようにしてカルシウム濃度を維持しているのでしょうか?

今回は、昆虫におけるカルシウム調節機構に迫った研究について、岡本直樹先生にお話を伺いました。

昆虫も独自のカルシウム濃度調節機構を持っている

骨は、血液中のカルシウムが低下すると蓄えていたカルシウムを放出し、逆に濃度が高くなるとカルシウムを取り込みます。このように、骨は「カルシウムの貯蔵庫」として、カルシウム濃度の調節に重要な機能を担っています。ヒトを含む脊椎動物におけるカルシウム濃度調節機構は、これまで詳しく研究されてきました。一方で、骨を持たない昆虫において、カルシウム濃度を一定に保つ仕組みについては、これまでほとんど研究が行われてきませんでした。

脊椎動物では、副甲状腺から分泌される副甲状腺ホルモンが骨に作用し、カルシウムが血中へと放出されます。岡本先生は、ショウジョウバエの体内でカルシウム濃度を維持するホルモンが、Capability(Capa)と呼ばれる神経分泌性のペプチドホルモンであることを明らかにしました。では、脊椎動物の骨に代わる「カルシウム貯蔵庫」は、ショウジョウバエの体内のどこにあるのでしょうか。

カルシウム貯蔵庫を特定するため、まずCapaがどの器官に作用するのかを明らかにする必要がありました。ホルモンは、標的組織に存在する受容体に受け取られることで機能します。そこで、ペプチドホルモンであるCapaの受容体の発現部位を解析したところ、「マルピーギ管」と呼ばれる脊椎動物の腎臓に当たる器官の先端領域に存在することが分かりました。

さらに走査型電子顕微鏡を用いてマルピーギ管の先端領域の内腔を詳しく観察した結果、直径1~5μmほどの、カルシウムで構成された小さな顆粒が見つかりました。この顆粒は真珠のような外観を持つことから、「真珠様カルシウム顆粒(pearl-like calcium granules:PCG)」と名付けられました。

Capaはマルピーギ管の先端領域に作用し、その内腔に存在するPCGを利用してカルシウムを放出させていることが明らかになりました。すなわち、ショウジョウバエにおけるカルシウム貯蔵庫は「マルピーギ管」であることが示されたのです。

図1 キイロショウジョウバエ(約2~3 mm)

図2 キイロショウジョウバエのマルピーギ管(スケールバー:250 µm) Naoki Okamoto et al, Neuroendocrine control of calcium mobilization in the fruit fly, 2026, Nature 649, 122-130改 岡本先生は、数百µm程度のマルピーギ管を小さなショウジョウバエから取り出す解剖を、これまで何千回と行ってきたという。実際に解剖している所を見させていただいたが、1分にも満たない時間で、華麗にマルピーギ管を取り出していた。

偶然から生まれたアイディア

「実は、最初からカルシウム濃度調節機構の解明を狙っていたわけではないんです」と、岡本先生は笑顔で語ります。もともと岡本先生は、幼虫が卵から孵化する行動の制御メカニズムに興味を持ち、その調節に関わるホルモンを探索していました。その候補の一つが、Capaでした。しかし、Capaに着目して孵化行動を解析しても、明確な結果は得られなかったそうです。

ところが、RNAi*1と呼ばれる手法を用いてCapaをコードする遺伝子を蛹化前に抑制すると、ショウジョウバエの蛹が通常よりも細長くなるという異常が観察されました。これは、筋肉の収縮が正常に行われない場合に観察される現象です。筋収縮がうまくできなくなることで、本来のずんぐりむっくりした蛹ではなく、細長い形状の蛹になります。

図3 キイロショウジョウバエの蛹(スケールバー:1 mm) Naoki Okamoto et al, Neuroendocrine control of calcium mobilization in the fruit fly, 2026, Nature 649, 122-130改

当初、Capaが筋肉に直接作用していると考えた岡本先生でしたが、実験の結果、その作用部位は筋肉ではなくマルピーギ管であることが判明しました。さらに、マルピーギ管にカルシウム顆粒が蓄積していることをハエ目昆虫で示した約100年前の論文に着想を得て、「Capaがマルピーギ管からのカルシウムの放出を制御し、間接的に筋収縮へ影響しているのではないか」という仮説に至ったといいます。

*1RNAi:標的遺伝子の発現を抑制する手法。RNA干渉とも呼ばれる。

ますます深まる、カルシウムにまつわる謎

骨を持たない昆虫も、我々ヒトと同様に体内のカルシウム濃度を保つ機能を持つことを明らかにされた岡本先生ですが、「昆虫のカルシウム調節機構に関する謎は、むしろ深まった」と語ります。

例えば、体内のカルシウム濃度はどのように感知されているのでしょうか。Capaや副甲状腺ホルモンのようなカルシウム濃度を調節するホルモンは、体内のカルシウム濃度の異常が感知されて初めて分泌されます。

脊椎動物には「カルシウム感知受容体」というカルシウム濃度を感知するセンサーが存在しますが、ショウジョウバエには、これと類似した受容体が見つかっていません。そのため、昆虫は脊椎動物とは異なる感知システムを持つ可能性が考えられます。また、マルピーギ管内のPCGがどのように溶解し、カルシウムが放出されるのか、その分子メカニズムについても解明していきたいと意気込んでおられました。

図4 カルシウム濃度の感知システム

図4に示したように、Capaはカルシウム濃度が低下した際に働くホルモンです。では、体内のカルシウム濃度が上昇した場合はどのような調節が行われているのでしょうか。

ヒトでは、カルシウム濃度が正常値より高い場合にも、脱水症状や昏睡、急性腎障害といった生命を脅かすような症状が引き起こされます。そこで、カルシウム濃度が高い場合には、「カルシトニン」というホルモンが骨からのカルシウム放出を抑制し、体外への排出を促進します。ショウジョウバエにおいても、カルシウム濃度の上昇に対応するホルモンが存在するのではないかと、岡本先生は推測しています。

好きの赴くままに

岡本先生が研究に興味を持った原点は、幼少期にあります。小学校の自由研究では、3年連続でアリをテーマに研究を行うほど、幼い頃から昆虫が大好きだったそうです。学生時代に読んだ『ホメオボックス・ストーリー 形づくりの遺伝子と発生・進化』(ワルター・J・ゲーリング著)は、昆虫の発生に興味を持つ大きなきっかけとなりました。

大学では工学系を専攻していましたが、「1を100にするよりも、0を1にする研究」に惹かれ、大学院では理学系へ進学。その後、カイコガを用いた昆虫の変態に関する研究の中で、昆虫の変態期の成長因子としてはたらく新規ホルモンを発見しました。このホルモンはヒトのインスリン様成長因子(IGF)と類似の構造、機能を持つ因子であり、無脊椎動物では初めての発見でした。この発見こそが、今歩んでいる研究者の道を志すきっかけになったそうです。

岡本先生は、学生へメッセージとして

「今は好きなことをやったらいいと思います。音楽でもいいし、読書でもいいし、いろいろと遊んで、その中で面白いことに出会えたら、何かのきっかけになるかもしれない」とお話くださいました。

岡本先生からお話を伺う中で、「興味のあることに挑戦し続ける行動力こそが、自分の進みたい道を切り拓く一歩になるのだ」という強いメッセージを感じました。新たなことへの挑戦は勇気のいることですが、自身の可能性を広げるためにも、分野にとらわれずさまざまなことに取り組んでいきたいと思います。

 

【取材・構成・文:筑波大学生物学類 阪西晴名】

PROFILE

筑波大学生存ダイナミクス研究センター
岡本 直樹 准教授

キイロショウジョウバエをモデルに、発生・成長・行動を制御するホルモンに関する研究を行なっている。
参考論文
Neuroendocrine control of calcium mobilization in the fruit fly
(ショウジョウバエにおいてカルシウム動員を司る神経内分泌機構)
【DOI】10.1038/s41586-025-09670-z
【掲載誌】 Nature
【掲載⽇】 2025年10月22日

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