つまらないと眠くなるのはなぜ?
~モチベーションと眠気の脳科学~
学校で、休み時間までは眠くなかったのに、授業が始まってしばらくすると眠くなってきた…ということは無いだろうか。その授業が苦手な科目だったりすると、先生の説明がチンプンカンプンに感じ、瞼が重くなって――。多くの人にとって、一度はしたことがある経験だろう。しかし、なぜ我々は楽しい時には眠くならず、つまらない時には眠くなるのだろう?今回私は、睡眠に特化した研究機関である筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS: International Institute for Integrative Sleep Medicine)の研究員、大石陽先生のもとを訪ねて話を伺った。大石先生はモチベーション(やる気)と睡眠がどのように関係しているかを脳科学的に研究されている。
睡眠への疑問から研究へ
そもそも、我々はなぜ眠らなければならないのだろう?もちろん眠らないと判断力が鈍るとか体調が悪くなるとか、我々に都合の悪いことが起こることは誰しもよく知っているはずだ。しかし、眠らないことによって身体にどんなことが起こって「都合が悪い」状態になるのかは未だにわかっていないことだらけだ。学生時代のバイトで夜通しお正月の年賀状の仕分けをしていて、1~2時間と極端に短い睡眠しかとれない日が続いた大石先生。「全然寝ていないはずなのに、意外と体調に変化がなかったんです。それなら、我々は寝る必要があるのか?と思いました。」この体験を1つのきっかけとして大石先生は睡眠の仕組みに興味を持たれ、現在まで睡眠研究を続けている。
睡眠の研究がどのように行われているか想像できるだろうか?「寝ている時の身体の状態なんて身体の持ち主以外分からないのではないか?」と不思議に思う人もいるかもしれない。睡眠を客観的に測る最も信頼されている方法は脳波の測定である。脳波とは、脳にある無数の神経がはたらくときに出す電気信号を集めたデータのことである。下図のように、我々が起きている時の脳波は波の幅が小さく、細かい波になる。一方、睡眠の大部分を占めるノンレム睡眠の時の脳波は波の幅が大きく、ゆったりとした波になる。
このように、脳波のかたちは起きている時と寝ている時とで大きな違いがある。これを利用して、実験で脳波を測りそのかたちを調べることで起きているか寝ているかを判断することができる。さらに、脳波の周波数をもっと詳しく調べれば睡眠の深さについても読み取ることができるという。
眠気とは何なのか?
皆さんは眠気の正体について考えたことはあるだろうか?実をいうと、眠気を司る物質はまだ明らかにされていない。色々と出ている仮説の中で有名なものは「アデノシン」という物質。我々の身体でのあらゆる生命活動に必要なエネルギー燃料に「ATP」という物質があるが、アデノシンはこのATPを構成するパーツの1つなのだ。我々が勉強をして脳を活発にはたらかせたり、運動をして筋肉を沢山動かしたり、あるいはぼうっとYouTubeの動画を見ているだけでも生命維持のための様々な化学反応にATPが燃料として消費され、その「残りかす」としてアデノシンが脳の特定の場所に蓄積されていく。このアデノシンが何らかのメカニズムによって眠気を増やし睡眠を促しているのではないかと考えられている。
ただし、眠気を司る物質はアデノシンだけではないとされている。というのも、アデノシンを受け取って次の反応につなげる「アデノシン受容体」を人為的になくしたマウスはアデノシンの睡眠へのはたらきかけが阻まれているはずだが、このマウスにも眠気が生じて寝てしまうというのだ。眠気をコントロールする仕組みの全貌は今研究が進められている最中だという。
眠気の強弱を決める1つのファクターとしての「モチベーション」
研究中の眠気の正体とは別に、その眠気の強弱に影響を与える要素とは一体何なのだろう。考えられている中で一番メジャーな要素は「恒常性」と「体内時計」である。恒常性とは、起きている時間や寝ている時間を一定量に保つ何らかのメカニズムがあるということ。ずっと起きていると眠くなるという現象を説明するのはこの恒常性となる。これに対し、体内時計とは我々の身体の約24時間サイクルのリズムであり、このリズムに乗っ取ってある程度規則正しく眠くなるタイミングが生じることを指す。普通に生活していて、我々は朝に目が覚め夜に眠くなるのを説明するのはこの体内時計となる。
「この2つが睡眠に関わっているのはたしかです。でも、それ以外にも眠気の制御に関わっているものがあると僕らは考えているんです。」
大石先生がそう考える別の要素こそ、「モチベーション」である。冒頭の「休み時間までは眠くなかったのに、授業が始まってしばらくすると眠くなってきた」という現象はこのモチベーションが関係しているかもしれないのだ。
脳でモチベーションに関係する領域の1つに、「側坐核(そくざかく)」という部分がある。側坐核は自分のモチベーションを高めるような何か魅力的なモノ(報酬)とそれをめぐる行動の意志決定に関係している。
この側坐核の中にあるアデノシン受容体が睡眠制御のスイッチの1つだということが、大石先生の研究から分かってきた。大石先生は、マウスに様々なモノを与えた時の側坐核の状態を調べる実験を行った。マウスにとって「魅力的なモノ」としてチョコや新しいおもちゃを、マウスにとって「魅力的ではないモノ」として普段の餌や床敷き(マウス飼育の際に床に敷くフレーク)を与えた。すると、「魅力的ではないモノ」を与えた時の方が「魅力的なモノ」を与えた時より側坐核のアデノシン受容体を持つ神経が活性化していたのだ。先程説明したように、アデノシン受容体は眠気に関係するアデノシンの睡眠へのはたらきかけを伝える役割がある。まとめると、与えられるものが「魅力的なモノ」か「魅力的でないモノ」かによってアデノシン受容体を持つ神経の活性状態が変わり、この神経が活性化されていると睡眠が促され、活性化が抑えられていると睡眠量が減少するのだ。この原理によれば、「魅力的ではないモノ」である苦手科目の授業では側坐核が活性化し、睡眠が促されていると説明できる。
ただ、大石先生は「退屈な時は私たちを退屈にさせている対象が睡眠を増やすファクターになっているとも考えられますが、単に面白くさせる刺激が無いから眠気を打ち消す状況が無くて眠くなってしまうという解釈もできます。」とも述べられている。というのも、厳密には側坐核がいつもは不活性で、「魅力的ではないもの」によって側坐核を活性化し眠くなっているのか、それとも側坐核がいつも活性化されていて、「魅力的なものが無い」ことによって活性化が解除されなくなり眠くなるのかはまだ分かっていない。ともかく、我々の身体の外のモチベーションという刺激と睡眠の関係が側坐核によってつながったのだ。実際、アデノシン受容体を薬剤によって人為的に抑制すると側坐核の神経が抑制され、睡眠量が減ることが分かっている。
側坐核での睡眠制御のカギはアデノシン受容体だけではなかった
側坐核の睡眠制御の話には続きがある。一般的に、脳に存在する神経細胞は何らかの情報を伝える時に化学物質を出して情報を他の脳の神経細胞に伝える。この時使われている化学物質に、「ドーパミン」と「GABA」がある。側坐核の近くにある「腹側内側中脳橋」という領域にはドーパミンを出す神経とGABAを出す神経が存在している。神経のつながりを詳しく見ていくと、下図のようにドーパミンを出す神経が側坐核へつながり、GABAを出す神経が側坐核ではなく腹側内側中脳橋内のドーパミンを出す神経に接続されている。
ドーパミンを出す神経は「魅力的なもの」がもらえそうだと思った時あるいはもらった時に活性化する。活性化したドーパミンを出す神経は接続先の側坐核に情報を伝え、我々の行動に影響を与える。具体的には、側坐核にドーパミンが放出されて先程のアデノシン受容体を持つ神経で受け取られると、睡眠を促進するこの神経が抑えられ「起きる、眠気が覚める」方向に脳の状態が変わる。一方、GABAを出す神経はGABAを放出することで接続先のドーパミンを出す神経の機能を調節している。
一見すると、側坐核に直接はたらきかけられるドーパミンの方が睡眠制御に重要であるように思えるかもしれない。しかし、実は「GABA」の方がより睡眠制御に重要だったのだ。「マウスの脳でドーパミンを出す神経だけを壊してみても睡眠覚醒に何の変化もなかったのですが、GABAを出す神経だけを壊してみると睡眠量がガクッと減って覚醒が増えたんです。」と大石先生は話す。つまり、腹側内側中脳橋から側坐核へドーパミンを出す神経が接続されている「本筋のルート」ではなく、GABAの神経という「横道のルート」が睡眠の制御に重要であったのだ。通常、ドーパミンを出す神経がはたらいていて側坐核が抑制され「起きる、眠気が覚める」という状態になっている(本筋のルート)。しかし、GABAを出す神経がはたらくことでドーパミンを出す神経が抑えられ側坐核を抑制できないため「眠る、眠気が高まる」という状態にシフトしてしまうと考えられている(横道のルート)。
歯車のカラクリのように繋がり合う側坐核の神経回路
さらに、最近になって腹側内側中脳橋と側坐核のネットワークの全体像が明らかになってきた。下図のように、側坐核は「腹側淡蒼球(ふくそくたんそうきゅう)」と呼ばれる別の脳の領域へ神経が接続されており、腹側淡蒼球は腹側内側中脳橋の一部である腹側被蓋野に神経を接続させている。つまり、側坐核、腹側淡蒼球、腹側被蓋野で神経接続が1つのループのように循環しているのだ。
分かりやすく例えるならば、3つの歯車が円を描くように嚙み合っていることをイメージすると良いかもしれない。どこかの歯車が動き出せば、嚙み合っている歯車を通じて他の歯車も動き出し、やがて全ての歯車が動き出す。睡眠制御においても同じように、このループのどこかが刺激されれば神経が活性化され、その情報が次に伝えられ、情報を伝えられた神経がさらに次の神経に情報を伝える…というようにループ内で情報伝達が循環していく。
まだ仮説の段階ではあるが、このループ状の神経ネットワークは常に作動しており、我々の身体の外からのモチベーション刺激や環境変化に応じてループ状のどれかの神経の活性が変化し、睡眠制御状態を変化させているのではないかと大石先生は考えられている。「このループがあるから安定して我々は起きていられるのかもしれません。今分かっていることだけでは答えは出せませんから、調べようとしているところです。」とおっしゃっていた。
「睡眠量を少なくしても問題ないようにできれば面白い」
大石先生に研究での最終目標について尋ねると、「なぜ寝なければならないのかについて知りたいです。できれば、あまり寝なくても生活できる方法があれば良いですね(笑) 全く寝ないというのは無理でも、3~4時間の睡眠でも快適に過ごせるようになれば、人生が1日5時間分くらい増える訳ですから。睡眠には何か目的があるはずで、その目的を達成するための必要最低限の仕組みを見つけて、その仕組みを応用して睡眠量を少なくしても問題ないようにできれば面白いなと思います。」とおっしゃっていた。十分な睡眠をとっていたとしても授業中に眠くなってしまうことがあるように、睡眠というと私たちにとって制御できない現象だというイメージが強い。しかし、大石先生によるモチベーションと睡眠の関係性の研究によって、人間がより自分たちの身体の仕組みを理解することにつながり、日常生活の中で眠気と上手く付き合う方法を見つけることができるかもしれない。この記事が読者の皆さんの睡眠の不思議について考えてもらうきっかけになれば嬉しい。また、実際に睡眠の研究に触れてみたいという方は、大学生の研究アルバイトを募集しているので挑戦してみてはどうだろうか。大石先生から、「興味があれば是非私まで連絡をください。何年生でも歓迎です。」とメッセージを頂いた。
【取材・文・イラスト 生物学類2年 根岸華月】