「ユーグレナ」に学ぶ、バイオベンチャーの在り方 | 生物学類生による詳細ページ  

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書評

「ユーグレナ」に学ぶ、バイオベンチャーの在り方

 顕微鏡を覗くと広がっている、鮮やかな緑色の世界。藻類である。藻類の持つ多様な特徴は、エネルギー問題や地球温暖化、そして食糧問題など、世界の直面する様々な危機を解決する可能性を持つ。本書は、そんな藻類の中の1種、ミドリムシの可能性にいち早く気づき、それをビジネスとして成功させるまでに導いた、経営者の話である。

「ユーグレナ」の設立まで

 本書の著者、出雲充氏は東京大学文科Ⅲ類出身。もともと世界の食糧問題に興味を持ち、国連で働くことを目指していた。しかしながら、貧しいバングラデシュへの訪問通して、貧困国が本当に必要としているものを知る。彼らは、単に飢えをしのぐための穀物ではなく、野菜や肉、魚といったバランスの良い栄養を摂取するための食料を望んでいたのである。国連が支援するように、乾パンを貧困国に届けるだけでは飢餓は解消されない。そんな時に著者は、友人からミドリムシの存在を教えてもらう。ミドリムシは体内に葉緑体を持っているので、自ら光合成を行い、糖など植物性の栄養素を作り出す。一方、自ら動く性質も持っているので、必須アミノ酸を含む多数のアミノ酸や、不飽和脂肪酸に代表される動物性の栄養も作り出すことができる。ミドリムシであれば、バングラデシュの子供たちを飢餓から救えるかもしれない。出雲氏は、株式会社ユーグレナを立ち上げることで、ミドリムシを利用した高栄養価な食品の開発を目指す。しかしながら、その挑戦は一筋縄ではいかなかった。当時の研究において、ミドリムシの産業利用に必要な大量培養の技術は未確立であった。そして何より、ミドリムシという未知の生物を理解し、受け入れるための土壌が社会に築かれていなかったのである。

「ユーグレナ」の困難

 私は本書を読んで、生物と向き合い、その特徴をよく理解した上で、社会に伝えていくことの大切さを改めて実感した。藻類が大好きで生物学類に入学した私にとって、「ユーグレナ」はまさにあこがれの企業である。その「ユーグレナ」が現在に至るまで、多くの困難を克服し、乗り越えていたことに驚いた。創業当時、ミドリムシの魅力を知っている人はほとんどいなかった。たくさんの人々にミドリムシの良さを伝え説得することで、はじめて社会に役立つビジネスとして認められたのだ。私も幼い頃、ミュージアムショップでミドリムシクッキーをねだった時に、母から「本当にこれが欲しいの?」と不思議な顔をされたのを覚えている。まして結果や利益を最重視するビジネスの世界では、馴染みのない生物の力を利用した製品に対して風当たりが強いのも当然であろう。

伝えることで変わること

 本書の中で、最も私の印象に残っているエピソードがある。それは、「ユーグレナ」創立の支援集めに、著者が成毛眞氏とお話をする場面だ。著者が丁寧にミドリムシの可能性について説明すると、成毛さんは「ユーグレナ」への投資を決定してくれた。成毛さんは生物の専門家ではないけれど、筆者の説明をそれまでの知識と照らし合わせて合理的であったため、ミドリムシへ投資する価値があると判断したらしい。生物に対して特別な知識や専門的な理解がない人に対しても、その魅力を根気強く伝え続けていけば、分かってもらえる瞬間がある。ミドリムシの可能性を誰よりも信じ、また社会に役立てたいという情熱を持っていた著者だからこそ実現できたことだと感じた。

 私は生物学類の授業を受ける中で、藻類をもっと学びたいという気持ちが強くなった。その中には、藻類に関する発見が社会の役に立てばいいなという思いもある。大学での研究内容をどう社会や産業に生かしていくのか、自分の学びを周りの人々に還元したいと考えた時に、まず何をすべきか。この本で紹介される著者の生き方は、研究と社会の架け橋になりたいと考える人々にとって、ヒントになるのではないだろうか。

書名:『僕はミドリムシで世界を救うことに決めた。』

出版社: 小学館新書
本体価格: 858円
著者:出雲 充

【取材・構成・文 生物学類 大河原由貴 】

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